文化の記憶

個人と共同体

夫婦とは、いつも寄り添うことではない──コリンと月丸が教えてくれたこと

夫婦というと、いつも一緒にいる姿を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。出かける時も、食事をする時も、休む時も隣同士。仲が良い夫婦とは、そんなものだと思われがちである。しかし、我が家の猫たちを見ていると、どうもそうではないらしい。コリンと...
個人と共同体

猫が教えてくれた「ちょうどいい距離」──夫婦と片思い、それぞれの夜更け

休日の夜更けから明け方にかけての数時間は、我が家の猫たちにとって特別な時間である。昼間のような賑やかさはなく、人間も眠りにつき、猫同士の小競り合いもほとんど起こらない。それぞれが思い思いに過ごす、いわば「自由時間」である。この時間になると、...
人の記憶

鰻は買うものではなかった──土用の丑の日に思い出す川の記憶

土用の丑の日が近づくと、CS放送では決まって鰻の蒲焼を紹介する通販番組が流れ始める。しかも、一日に何度も同じ番組が繰り返される。「厳選した国産鰻」「ふっくら香ばしい蒲焼」「暑い夏こそスタミナを」。画面いっぱいに照り輝く蒲焼が映し出されるたび...
人の記憶

人はなぜ物語を作るのか ― 江戸の版画からアニメまで

江戸の出版文化について調べているうちに、不思議なことに気が付いた。江戸の人々は決して学問書ばかりを読んでいたわけではない。むしろ人気を集めたのは、挿絵の入った滑稽本や怪談話、人情噺や黄表紙などだった。今で言えば漫画やライトノベルに近い存在で...
人の記憶

地獄絵は昔の啓発ポスターだったのか

寺院を訪れると、仏像や地獄絵を見ることがある。子供の頃は単純に怖い絵だと思っていた。血の池や鬼たちの姿は、夜に思い出すと少し眠れなくなるような迫力があった。しかし大人になって改めて眺めてみると、別の疑問が湧いてくる。人はなぜ、わざわざ地獄を...
人の記憶

善人と悪人のあいだ ― 『愚呂地』と『レ・ミゼラブル』を観て

昨年、時代劇専門チャンネルで板東妻三郎主演の無声映画『愚呂地』を観る機会があった。古い無声映画であるにもかかわらず、不思議な余韻が残った。主人公は一人の侍である。師範代の娘に想いを寄せたことから誤解を招き、職も地位も失ってしまう。やがて世を...
人の記憶

お天道様が見ている ― 日本人の倫理観はどこから来たのか

時代劇を見ていると、不思議に思うことがある。悪人が逃げ続ける話よりも、最後には罪を認めて頭を下げる話が多い。奉行所に捕まるからという理由だけではない。どこかに「もうこれ以上は隠していられない」という空気が流れている。私は江戸時代の同心や岡っ...
人の記憶

なぜ人は街をつくるのか

江戸の治安や火消しについて調べているうちに、不思議なことを考えるようになった。そもそも人はなぜ街をつくるのだろう。学校では、交通の便が良いからとか、水が手に入りやすいからとか、防衛に有利だからだと習った気がする。もちろんそれも間違いではない...
人の記憶

『佐武と市捕物控』が問いかけるもの──正義とは一体、誰のためにあるのか

時代劇専門チャンネルで『佐武と市捕物控』を流し見していた。作業の合間に見るつもりだったのだが、気づけば手が止まっていた。それほど、この作品は「事件」よりも「人間」を描いている。主人公・左武は岡っ引きである。悪人を捕らえ、人々を守ることが仕事...
人の記憶

『佐武と市捕物控』が教えてくれること──人はなぜ誰かのために動けるのか

時代劇専門チャンネルで『佐武と市捕物控』を流し見しながら作業をしていると、ふと手が止まる場面がある。盲目の居合いの達人・市が、ようやく目が見えるかもしれないという手術を受ける話だ。医師からは「決して包帯を取ってはいけない」と言い渡される。こ...