犯罪と司法

人の記憶

善人と悪人のあいだ ― 『愚呂地』と『レ・ミゼラブル』を観て

昨年、時代劇専門チャンネルで板東妻三郎主演の無声映画『愚呂地』を観る機会があった。古い無声映画であるにもかかわらず、不思議な余韻が残った。主人公は一人の侍である。師範代の娘に想いを寄せたことから誤解を招き、職も地位も失ってしまう。やがて世を...
人の記憶

なぜ人は街をつくるのか

江戸の治安や火消しについて調べているうちに、不思議なことを考えるようになった。そもそも人はなぜ街をつくるのだろう。学校では、交通の便が良いからとか、水が手に入りやすいからとか、防衛に有利だからだと習った気がする。もちろんそれも間違いではない...
人の記憶

『佐武と市捕物控』が教えてくれること──人はなぜ誰かのために動けるのか

時代劇専門チャンネルで『佐武と市捕物控』を流し見しながら作業をしていると、ふと手が止まる場面がある。盲目の居合いの達人・市が、ようやく目が見えるかもしれないという手術を受ける話だ。医師からは「決して包帯を取ってはいけない」と言い渡される。こ...
人の記憶

『鬼平犯科帳』が何十年経っても色褪せない理由──私が物語より先に「人」を見てしまうわけ

若い頃と、今とでは見ているものが違う最近、時代劇専門チャンネルで『鬼平犯科帳』を流し見することが増えた。「流し見」と言いながら、気づけば手が止まり、いつの間にか画面に引き込まれている。不思議なのは、若い頃と今とでは、見ているものがまるで違う...
人の記憶

人はなぜ誰かに憧れるのか──強さの先に見えてくるもの

「あの人みたいになりたい」と思った日のこと人は誰しも、一度くらいは誰かに憧れたことがある。テレビの中の俳優。漫画の主人公。歴史上の人物。あるいは、身近にいた先輩や恩師。子どもの頃は、それが当たり前だった。「強そうだから。」「格好いいから。」...
人の記憶

ダーティハリーはなぜ座頭市に見えるのか

『ダーティハリー4』を流し見しながら、内部リンクの整理をしていた。何度も見ている映画なのに、ふと妙なことを思った。ダーティハリーは、どこか座頭市に似ている。拳銃と刀。サンフランシスコと江戸。比べるにはあまりにも違う世界だ。それでも私には、ど...
人の記憶

笑いと異常性は紙一重 ― 『マラヴィータ』から考える人間の感覚

リュック・ベッソン監督の『マラヴィータ』を流し見していると、妙に笑ってしまう場面が多かった。元マフィア一家が証人保護プログラムの下で田舎町へ移り住み、平穏な生活を送ろうとする。しかし彼らは長年身についた価値観から抜け出せず、些細な問題を暴力...
AIと人間

最終章 私たちは事実を見ているのではなく、意味を見ている

――なぜ人は現実をそのまま受け取れないのかこのシリーズでは、ニュース、ドキュメンタリー、実況やDJ、映画、SNS、そしてAIについて考えてきた。一見すると、それぞれ別の話に見える。しかし振り返ってみると、そこには共通した構造があった。それは...
AIと人間

第5章 SNSはなぜ現実より現実らしく見えるのか

――私たちは他人の人生ではなく、編集された人生を見ている前章では、映画が現実を誇張し、省略しながら体験を再構成する装置であることを書いた。では、映画館を出た後の私たちはどうだろうか。今や多くの人が毎日のように眺めている映像がある。SNSであ...
AIと人間

第4章 映画はなぜ現実を誇張するのか

――私たちは現実ではなく体験を見ている前章では、実況やDJの語りが単なる情報伝達ではなく、空気や感情を演出する装置であることを書いた。では映像の場合はどうだろうか。映画を見ていると、現実にはあり得ないような演出に出会うことがある。主人公は絶...