地獄絵は昔の啓発ポスターだったのか

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寺院を訪れると、仏像や地獄絵を見ることがある。

子供の頃は単純に怖い絵だと思っていた。

血の池や鬼たちの姿は、夜に思い出すと少し眠れなくなるような迫力があった。

しかし大人になって改めて眺めてみると、別の疑問が湧いてくる。

人はなぜ、わざわざ地獄を絵に描いたのだろうか。

そして仏像を作り、神様の姿を描き、物語にして伝えようとしたのだろうか。

江戸時代の同心や火消し、御白洲や寺子屋について調べているうちに、私はそんなことを考えるようになった。

人は見えないものが苦手である

正義とは何か。

慈悲とは何か。

因果応報とは何か。

言葉では説明できる。

しかし本当に理解するとなると難しい。

目に見えないものは実感しにくいのである。

そこで人は昔から、見えないものを見える形に変えてきた。

仏像もその一つだったのではないだろうか。

木や金属を拝んでいるように見えるが、本当に見ているのはその向こう側にある慈悲や救済の考え方である。

仏像は信仰の対象であると同時に、理念を形にしたものでもあった。

地獄絵という分かりやすい説明書

地獄絵はさらに分かりやすい。

嘘をつけばどうなるのか。

人を騙せばどうなるのか。

欲に溺れればどうなるのか。

それを文字ではなく絵で伝えた。

文字の読めない人でも理解できる。

長い説教よりも、一枚の絵の方が強く心に残る。

現代で言えば交通安全ポスターや啓発漫画に近い存在だったのかもしれない。

もちろん実際に地獄が存在するかどうかは別の話である。

しかし「こういう生き方をすると周囲を不幸にする」という教訓は、多くの人に伝わったはずである。

江戸の町もまた物語で動いていた

考えてみると、江戸の社会も似ている。

町人の多くは法律書を読むわけではない。

それでも善悪の感覚を持っていた。

その背景には瓦版や講談、芝居や捕物帳があった。

同心が悪人を追い詰める。

火消しが町を守る。

勧善懲悪の物語を通じて、人々は正義や秩序を理解していったのである。

現代の時代劇も同じだろう。

私たちは法律の条文よりも、物語を通じて善悪を学ぶことが多い。

神様もまた人間の理解のために姿を持った

さらに面白いのは、日本の神々である。

本来、神道には決まった神の姿がない。

山や岩や木そのものが神である場合も多い。

それでも人々は神像を作り、絵巻物を描き、物語を語った。

見えないものをそのまま理解するのは難しい。

だから人は姿を与えたのである。

神様のためというより、人間のためだったのかもしれない。

現代人も同じことをしている

これは昔の人だけの話ではない。

企業にはロゴがある。

自治体にはゆるキャラがある。

インターネットにはアイコンがある。

本来は形のない組織や考え方を、人が理解しやすい姿に変えているのである。

そう考えると、仏像も地獄絵も決して特別なものではない。

人間が昔から続けてきた「見えないものを見える形にする工夫」の一つだったように思える。

おわりに

地獄絵は単なる脅しの絵ではなかったのかもしれない。

仏像もただの偶像ではなかったのかもしれない。

それらは、人間が理解しにくいものを理解するための翻訳装置だったように思う。

正義、慈悲、秩序、信仰。

目には見えないものばかりである。

だから人は物語を作り、絵を描き、像を彫った。

時代が変わった今でも、私たちは同じことを続けている。

違うのは、仏像や地獄絵がキャラクターやロゴに変わっただけなのかもしれない。


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