「おでんの季節、我が家にはポトフがやって来た──チャボ誕生待ちの食卓」

人の記憶

台風の影響なのか、日差しがいくぶん抑えられた、穏やかな天候が続いている。

夜更けになると、鈴虫などの鳴き声が聞こえてくる。昼間はまだ夏の余韻を残しているものの、夜のひんやりとした空気には、秋口らしい気配が漂い始めた。

季節は、どうやら少しずつ秋へ向かっているらしい。

そんなことを感じていたところ、松山空港では、早くも「おでん」を売り始めている売店があるという。

おでんといえば、これからの季節にはありがたい食べ物である。

しかし、我が家では少々事情が違う。

現在、我が家では恒例行事となりつつあるチャボの誕生を待っている。

そのため、同居人は卵料理を控えている。

チャボが生まれる前から、その卵を人間が食べるわけにもいかない。

結果として、おでんも作れない。

おでんの具材として卵を入れないという方法もあるのだろうが、同居人としては、そこまでしておでんを作る気にはならないらしい。

そこで登場したのが、ポトフである。

昨夜から同居人が作り始めていたらしく、鍋には秋の夜に似合いそうな煮込み料理が用意されていた。

そして、台所には貼り紙が一枚。

「朝方帰って来たら温め直して勝手に食べて。」

どうやら私の帰宅後の食事まで用意してくれているらしい。

ありがたい話である。

ただし、問題が一つある。

私は昼間から酒を飲んでいる。

この状態では、朝方帰って来たところで、ポトフを温め直して食卓に辿り着く前に力尽きてしまう可能性がある。

そもそも私には、朝食・昼食・夕食という一般的な食事の区切りが、あまり存在していない。

同居人が「朝方に食べればいい」と考えていても、私の体内時計からすれば、それが果たして「朝食」なのか「夜食」なのか、もはや判然としない。

ちなみに、私としてはポトフも悪くないのだが、個人的にはロールキャベツも捨てがたかった。

秋口の夜に、柔らかく煮込まれたロールキャベツ。

鈴虫の声を聞きながら食べれば、なかなか風情がある。

もっとも、チャボの誕生を待つために卵を控えているという事情から始まった話なので、私が料理の注文を付ける立場でもない。

こうして我が家では、おでんの季節を迎えながら、ポトフが鍋に収まることになった。

テレビをつければ、東京では三社祭の神輿が大勢の人に担がれ、まだまだ夏らしい賑わいを見せている。

テレビの中から聞こえてくる祭りの熱気と、窓の外から聞こえてくる鈴虫の声。

同じ時間帯に存在しているのに、そこには少し違った季節が流れているようにも感じる。

夏は、まだ完全には去っていない。

しかし、夜の空気は確実に秋へ向かっている。

そして我が家では、秋の味覚より先に、チャボの誕生を待っている。

おでんが食べられない理由まで、チャボに支配されているのである。

さて、今夜もポトフが鍋の中で待っている。

私がそこへ辿り着けるかどうかは、昼酒という、もう一つの季節外れの問題にかかっている。


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