40代に入る頃には、短髪でごまかすことにも少しずつ限界を感じるようになっていました。
鏡を見るたびに、「このまま髪が減っていくなら、いっそ全部剃ってしまったほうが潔いのではないか。」
そんな考えが頭をよぎるようになります。
当時の私は、海外映画や海外ドラマに登場するワイルドな男性に憧れていました。
髭をたくわえ、スキンヘッドで堂々と歩く姿には、不思議な格好良さがあります。
髪の量に悩むより、自分らしいスタイルとして受け入れてしまう。その生き方にも魅力を感じていました。
「それなら、私も思い切ってスキンヘッドにしてみようか。」
そう考えたことも、一度や二度ではありません。
しかし、実際に鏡を見ながら想像してみると、一つだけ大きな問題がありました。
頭の形です。
スキンヘッドは、髪型で輪郭をごまかすことができません。
頭の形や骨格がそのまま表れるため、誰にでも似合うスタイルではないことに気づきました。
私自身、自分の頭の形にはあまり自信がありませんでした。
「格好いいから真似をする。」
それだけでは、自分には似合わないかもしれない。
そう思うようになったのです。
もちろん、人によってはスキンヘッドがよく似合う方もいます。
私もそのスタイルを否定するつもりはまったくありません。
ただ、私には別の選択肢のほうが合っているのではないかと考えるようになりました。
髪をすべてなくすのではなく、今ある髪を少しでも生かせないだろうか。
そう考え始めた頃、私はある人との何気ない会話を思い出します。
長年通っていた床屋の主人です。
その一言が、私の考え方を少しだけ変えることになりました。
次回は、私がAGA治療という選択肢を知るきっかけになった、床屋の主人との会話について書いてみたいと思います。
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スキンヘッドという選択肢を手放したことで、「では、自分にはどんな方法があるのだろう」と考えるようになりました。
そんなとき、長年通っていた床屋の主人との何気ない会話が、私の考え方を大きく変えるきっかけになります。
次回、第3話「床屋の主人の一言──選んだのは、私自身だった」では、AGA治療を知った経緯と、すぐに始めず自分なりに調べ、納得したうえで一歩を踏み出すまでの過程をお話しします。



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