第3話 床屋の主人の一言──選んだのは、私自身だった

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スキンヘッドという選択肢を考えたものの、私にはどうしても踏み切ることができませんでした。

「今ある髪を生かす方法はないのだろうか。」

そんなことを考えていた頃、長年通っていた床屋の主人との何気ない会話が、私の考えを少しだけ変えることになります。

いつものように散髪をしてもらいながら、

「もう少し髪の量があれば、違う髪型も楽しめるんだけどね。」

そんな話をしたことがありました。

すると主人は、

「そういう悩みなら、治療という方法もあるよ。」

と、ごく自然な口調で教えてくれました。

当時の私にとって、AGAという言葉はまだ身近なものではありませんでした。

テレビや雑誌で目にすることはあっても、自分が本格的に調べたことは一度もありません。

さらに主人は、個人輸入という方法もあることを話してくれました。

もちろん、その場で「やってみよう」と決めたわけではありません。

髪のことは気になっていましたが、体に関わることでもあります。

本当に自分に合っているのか。

安全性はどうなのか。

費用はどれくらいかかるのか。

そして何より、長く続けられる方法なのか。

私は帰宅してから、自分なりに少しずつ情報を調べ始めました。

インターネットには、成功談もあれば失敗談もあります。

「髪が増えた」という人もいれば、「思ったような変化はなかった」という人もいました。

読めば読むほど、AGA治療には個人差が大きく、誰にでも同じ結果が出るものではないことが分かってきます。

だからこそ、私は「誰かが勧めたから」という理由では始めたくありませんでした。

納得したうえで、自分自身の判断として選びたかったのです。

今振り返っても、床屋の主人は無理に勧めることはありませんでした。

ただ、「こういう選択肢もあるよ」と教えてくれただけです。

あの何気ない一言がなければ、私はAGAについて真剣に調べることもなかったかもしれません。

人との出会いは、ときに人生の大きな転機になります。

それは、答えを与えてくれる人ではなく、新しい選択肢の存在を教えてくれる人との出会いなのだと思います。

次回は、私が数ある方法の中から、なぜ個人輸入という選択をしたのか、その理由について書いてみたいと思います。


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AGA治療を始めたことで、少しずつ髪型の選択肢は広がりました。

すると不思議なことに、今度は髪型だけでなく、「どんな服を着ると今の自分らしく見えるだろう」と考えるようになります。

次回、第4話「髪型だけでなく、服装も変わり始めた──『装い』を考えるようになった頃」では、民族的な服装との出会いや帽子を取り入れるようになったことなど、髪型から広がっていった私なりの装いの変化についてお話しします。

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