キャピタルの服との出会いは、私の服装に対する考え方を大きく変えました。
しかし、現実には欲しい服を気軽に買えるわけではありません。
当時、私が気に入っていたサルエルパンツも、男性向けの商品はまだ少なく、店頭や通販で見つかるものの多くは女性向けでした。
もちろん、男性でも着用できるものはありましたが、「これだ」と思える一着にはなかなか巡り会えません。
「欲しいものがない。」
その思いは、次第に別の発想へと変わっていきます。
「ないのなら、自分で作ればいい。」
それが、40代半ばで洋裁を学び始めるきっかけでした。
最初は何も分かりませんでした。
型紙の見方も、生地の裁断も、ミシンの扱い方も手探りです。
思っていたよりも難しく、縫い目が曲がったり、左右の長さが揃わなかったり、何度も失敗を繰り返しました。
それでも、不思議と嫌になることはありませんでした。
少しずつ形になっていく過程そのものが楽しかったからです。
完成した服は、市販品のように完璧ではありません。
それでも、自分の体型や好みに合わせて作った一着には、既製品にはない愛着がありました。
洋裁を始めて気づいたのは、服は「買うもの」という考えだけではないということです。
自分の暮らしや価値観に合わせて、自分の手で形にしていく。
その楽しさを知ってしまうと、ものを見る目も少しずつ変わっていきました。
そして、その変化は服だけでは終わりませんでした。
「これも作れるのではないか。」
そんな発想が生まれ、やがて首飾りや指輪などの小物づくりへと広がっていきます。
振り返れば、洋裁は単なる趣味ではありませんでした。
自分らしい暮らしを、自分の手で少しずつ形にしていく。
その第一歩だったのです。
次回は、服づくりから小物づくりへと広がっていった、私の「ものづくり」の楽しさについて書いてみたいと思います。
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洋裁を覚えると、作る楽しさは服だけでは終わりませんでした。
一着の服が完成すると、「この服にはどんな小物が合うだろう」と考えるようになり、ものづくりの楽しさは少しずつ暮らしのあちこちへ広がっていったのです。
次回、第7話「服から小物へ──『作る楽しさ』は少しずつ広がっていった」では、ネックレスや段ボールで作った指輪など、既製品ではなく自分らしさを形にする楽しさについてお話しします。



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