五億円の温度差──ハワイの豪邸と、川村社長の「五億!」

人の記憶

午後のひととき。

何となく「旅channel」のハワイ高級物件情報を流し見していた。

画面に映るのは、青い海を望む豪邸。

広々としたリビングに、開放的なテラス。

そして、それを紹介する不動産仲介業者の女性たち。

皆さん美人で、話し方も実に落ち着いている。

「こちらの物件は、約五億円です」

「こちらは十二億円ほどになります」

五億。

十二億。

普通に考えれば、ちょっと現実感を失いそうな金額である。

ところが、彼女たちがあまりにも涼しげに話すものだから、こちらまで妙な気分になってくる。

「そうですか、五億円ですか」

「十二億円なら、こちらの物件の方が広いですね」

そんな調子で話が進んでいく。

五億円が、まるで「ちょっと高めの住宅」の価格のように聞こえてしまう。

もちろん、これは高級不動産を扱う世界の話である。

彼女たちにとって五億円、十二億円という価格は、仕事上の「商品価格」なのだろう。

しかし、画面のこちら側にいる私は、どうしても庶民側の感覚を捨てきれない。

五億円と言われれば、

「五億円……?」

と、一度頭の中で立ち止まってしまう。

そんなところで、私はちょっとトイレに立った。

そして戻ってくると――

世界が変わっていた。

さっきまでハワイの青い海と豪邸を背景に、静かに五億円を語っていたテレビから、今度は別の声が響いている。

飲むお酢「ちゅらはなぎ」の川村社長である。

いつもの据わったような目線。

そして、あの勢いのある声。

「五億!」

「十二億!」

思わず画面を見てしまった。

同じ五億円なのに、さっきまでとは金額の存在感がまるで違う。

不動産仲介業者が言えば、

「五億円の高級物件」

である。

川村社長が言えば、

「五億だぞ!」

になる。

私はそこで、妙なことを思った。

川村社長が「五億円」と叫んだ方が、五億円が高額に感じられるのではないか。

数字は同じなのに、伝わり方が違う。

おそらく違うのは、金額ではない。

その数字に乗っている熱量なのだ。

高級不動産の世界では、五億円は「物件の価格」である。

しかし、私たちの生活感覚では、五億円は「人生をひっくり返すほどの金額」である。

だから、誰かが大声で「五億!」と叫んでくれると、

「そうだよな。五億って、とんでもない金額だよな」

と、こちら側の感覚に戻ってくる。

ところが、ここでもう一つ妙な想像が浮かんだ。

もし川村社長が、五億円を使って「ちゅらはなぎ」を仕入れたらどうなるのだろう。

五億円分の飲むお酢である。

ハワイの五億円なら、一軒の豪邸になる。

海が見える。

プールがある。

広いリビングがある。

ところが、五億円分の「ちゅらはなぎ」となると、話が変わってくる。

何本になるのだろう。

家の一室では足りないかもしれない。

倉庫が必要になるかもしれない。

いや、倉庫一つで収まるのだろうか。

こう考えると、「五億円」という数字が急に物量を持ち始める。

豪邸一軒と、途方もない数の飲むお酢。

どちらも五億円である。

しかし、庶民の想像力に訴えてくるのは、意外と後者なのかもしれない。

そして、ここで私はさらに妙なことを考えた。

同じ南国でも、ハワイと沖縄では、五億円の温度まで違うのではないか。

ハワイでは、美人の不動産担当者が涼しい顔で、

「五億円です」

と告げる。

青い海と白い豪邸の中に、その金額まで溶け込んでいく。

ところが沖縄では、川村社長が、

「五億!」

と叫ぶ。

こちらの五億円には、妙な熱がある。

ハワイの五億円は、南国の風に吹かれている。

沖縄の五億円は、川村社長の声量で熱せられている。

実際の気温の話ではない。

金額を語る人間の熱量の話である。

テレビというのは不思議なものだ。

トイレに立つ前は、ハワイの豪邸を見ながら「五億円」という金額を涼しげに受け止めていた。

戻ってきたら、今度は川村社長が「五億!」と叫んでいる。

たった数分で、五億円の見え方が変わってしまった。

高級物件なら「一軒の家」。

飲むお酢なら「途方もない物量」。

そして、語る人間によっては「事件」にすらなる。

結局、五億円という数字そのものは変わらない。

変わるのは、それを聞く人間の感覚なのだろう。

静かに提示されれば、五億円は「富裕層の日常」に見える。

誰かが魂を込めて叫べば、五億円は「とんでもない金額」に戻ってくる。

午後の何気ないテレビ番組だった。

しかし、ハワイの豪邸と川村社長の「五億!」を続けて見たことで、私は思わぬことを知った。

どうやら五億円にも、温度があるらしい。


次の記事

五億円という数字ひとつで、ここまで世界が変わるのだから面白い。
ハワイでは豪邸になり、沖縄では大量の飲むお酢になる。
そして誰が語るかによっては、五億円そのものが「事件」になる。

そう考えると、私たちが「高い」と感じているものも、実は値札だけを見て判断しているわけではないのかもしれない。

……まあ、五億円分の「ちゅらはなぎ」を目の前に積まれたら、さすがに値札を見る前に逃げ出すと思うが。

では、もっと身近なところに目を向けてみよう。

私たちが毎日の暮らしの中で「これは高い」と感じる瞬間には、一体何が潜んでいるのだろうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました