作業をしながら『ロストシティZ 失われた黄金都市』を流し見していた。
アマゾンの奥地に存在すると信じられた幻の都市を追い求め、生涯を探索に捧げた元将校の物語である。
映画の見どころは未開の地への冒険なのだろうが、私の印象に残ったのは別の場面だった。
主人公が息子と狩りに出かけ、アマゾンの首長から贈られた首飾りを息子へ託す場面である。
それは単なる記念品ではなく、自分が見てきた世界や経験を次の世代へ受け渡す儀式のようにも見えた。
その場面を見ながら、私は子供の頃の山里の風景を思い出していた。
私の実家は山間部にあり、狩猟は特別な趣味ではなかった。
時期になると地域の人々が集まり、増えすぎた猪や鹿による農作物への被害を防ぐために山へ入る。
現在では「害獣駆除」と呼ばれることも多いが、当時の感覚としてはそれだけではなかったように思う。
獲物を仕留めた後は、その肉を食べる習慣があった。
今では「ジビエ」という言葉が広く知られ、脂肪が少なく健康的な食材として紹介されることも珍しくない。
しかし、私が見ていたのは料理として皿に盛られた肉ではなく、その前段階の世界だった。
野生の獣を食肉として扱うには独特の知識と技術が必要になる。
家畜のように均一な肉質ではないため、解体の仕方も異なる。
どの部位をどう切り分けるのか。
どのように保存するのか。
臭みを抑えるにはどうするのか。
そうした技術は教科書に載っているものではなく、実際に経験した人から受け継がれていくものだった。
考えてみれば、それもまた首飾りと同じなのかもしれない。
物として残るわけではないが、人から人へ手渡される知恵がある。
昔は当たり前だった知識も、生活様式が変われば失われていく。
スーパーに並ぶ肉を見ても、その背景にある技術や経験を想像する機会は少なくなった。
便利になった反面、私たちは食べ物が食卓へ届くまでの過程を知らなくなったのかもしれない。
『ロストシティZ』は失われた都市を探す映画である。
しかし私には、失われていく知識や記憶について考えさせられる映画にも思えた。
主人公が息子へ託した首飾りのように、人は目に見えるものだけでなく、経験や知恵もまた次の世代へ渡していく。
山里の狩猟文化も、そのひとつだったのだろう。
映画を観終えた後、不思議と黄金都市のことよりも、受け継がれてきたものの重みについて考えていた。



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