小さな車に大きな男。クラシック・ミニが教えてくれる不便の楽しみ方

人間と機械

Amazon Prime Videoで『孤独のグルメ Season11』を流し見していた。

五郎さんが出張先で、昔のミニにゴリラのオブジェを載せて地方まで運ぶ場面があった。

大柄な男性が小さな車に乗っている姿というのは、なぜか妙に印象に残る。

そういえば、漫画『シティーハンター』の冴羽獠もミニに乗っていた。あの大柄な男が小さな英国車に収まっている姿には、独特の愛嬌がある。

世の中には、大柄な人ほど小さな車を好み、小柄な人ほど大きなワンボックスカーを選ぶような光景も見かける。

車の大きさと乗る人の体格は、必ずしも比例しないらしい。

車というものは、単なる移動手段ではなく、乗る人の趣味や性格を表す道具でもあるのだろう。

そんなミニを見ていて、学生時代のアルバイトを思い出した。

当時、スーパーの一角で合鍵を作る仕事をしていたことがある。

ある日、ローバー・ミニの合鍵を作ってほしいという客が現れた。

ところが、この車の鍵は国産車の一般的な規格とは勝手が違っていた。

ドアやエンジン、後部ドアなど、それぞれ別の鍵が使われていたのである。

一本の鍵ですべてを操作できる現代の自動車に慣れていると、なかなか面倒な仕組みだ。

専門的な鍵を扱う設備も技術もなかったため、そのときは申し訳ないが断ることにした。

まさか自動車の鍵が何本も必要になるとは思わなかった。

さらに、昔その車に乗っていた人から聞いた話では、クラシック・ミニには別の厄介事もあったらしい。

踏切の前後にある道路の凹凸によっては、車体の腹が線路や路面に接触し、身動きが取れなくなることがあったという。

いわゆる亀状態である。

車体の底が地面に引っ掛かり、タイヤが空転してしまう。小さな車体であることが、必ずしも走りやすさにつながるわけではない。

鍵は何本も必要で、道路の段差にも気を遣う。

現代の自動車からすれば、ずいぶん手の掛かる代物だ。

しかし、そうした不便さを知りながらも、旧車を愛用する人たちがいる。

故障や維持費、部品の調達に頭を悩ませながら、それでも手放そうとはしない。

便利さだけを求めるなら、もっと合理的な選択肢はいくらでもあるはずだ。

それでも古い車を選ぶのは、機械としての性能だけでは説明できない何かがあるからなのだろう。

現代の自動車が便利さを追求してきた一方で、旧車には人間が機械に合わせる余地が残されている。

機械を使うというより、機械と付き合う。

そんな感覚なのかもしれない。

もっとも、踏切の上で亀になられては困る。

亀は万年と申しますが、線路の上で万年居座られても洒落にならない。

小さな車に大きな男が乗る姿は、なかなか絵になる。

ただし、その小さな車を維持する苦労まで引き受けるとなると、私なら少々考えてしまう。

旧車はやはり旧車である。

眺めて楽しむくらいが、私にはちょうどよいのかもしれない。


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