最近は音響技術も進歩しているらしい。
往年の名車と呼ばれる車の、独特なエンジン音までイヤホンやヘッドホンで楽しめるという。
モーターファンにとっては、たまらないものなのだろう。
F1のサーキットやル・マンの耐久レースなどに行けば、目の前を猛烈な勢いで走り抜ける車と、そのエンジン音に包まれる。
あの環境そのものが興奮を呼び起こすのだろう。
しかし、私にはどうも分からない。
家にいても、外から聞こえてくるゴミ収集車の音ですら、
「うるさいなあ」
と思ってしまう。
そんな私が、わざわざイヤホンを耳に入れて、
「往年の名車のエンジン音……」
などと聴くわけがない。
エンジン音など、できることなら超低温でいい。
いや、正しくは「超低音」でもなく、できれば無音に近いほうがいい。
今日も『レストア・ガレージ』で、1970年製造のトヨタ・セリカを流し見している。
昔のスポーツカーは、眺めている分には実に格好いい。
低く構えた車体。
地面に近いボディ。
空気抵抗を減らして、高速で走ることを考えた形。
なるほど、速く走るためにはこうなるのかと思う。
ただ、
速く走れることと、乗っていて快適なことは別の話である。
車高が低ければ乗り降りも楽ではない。
室内の余裕も限られる。
路面の振動だって、乗用車より伝わってくるだろう。
それでもスポーツカーは、速さや走行性能を求める人たちにとって魅力的なのだろう。
私なら、
「そこまでして速くなくてもいいから、静かに楽に乗せてくれ」
となる。
どうも私は、車に対して求めるものがモーターファンとは少し違うらしい。
ところが、そんな私にも一つ困ることがある。
電気自動車や電気原付が普及して、配達車まで静かになってくると、荷物が届いたことに気づきにくい。
昔なら家の外から、
「ブロロロ……」
というエンジン音が聞こえてくる。
「ああ、配達の車が来たな」
と分かる。
ところが電気で走ってくると、その気配がない。
気がついたときには、玄関先に荷物が置かれている。
静かなこと自体はありがたい。
スポーツカーのエンジン音もいらない。
ゴミ収集車の音も、できれば静かなほうがいい。
それなのに、配達車だけは少しくらい音を出してほしい。
何とも勝手な話である。
つまり私は、エンジン音が好きなのではない。
自分に必要なときだけ、車の存在を知らせてほしいのである。
名車のエンジン音をイヤホンで聴く必要はない。
F1の爆音を間近で浴びる必要もない。
ただ、注文した荷物が来たときだけ、
「ブロロロ……」
と、
「おい、荷物が来たぞ」
くらいの気配を出してくれればいい。
文明が進んで、車が静かになる。
それはそれで結構なことだ。
ただ、静かになりすぎると、今度は人間のほうが困る。
どうやら私が欲しいのは、完全な無音ではなく、
生活に必要な音だけが残った静かな世界
なのかもしれない。
名車のエンジン音より、配達車の気配。
私にとっては、そのくらいがちょうどいい。



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