さとのか4Kで『トヨタ博物館 時代を越えたクルマたち』を流し見していると、いすゞの「ベレット1600GT」が紹介されていました。
ベレットといえば、いすゞがかつて製造していた乗用車です。
いすゞというと、今ではトラックの印象が強いメーカーですが、当時は乗用車も手掛けていました。
しかもベレットは、クーペだけではありません。
セダンやバン、さらにはトラック型まで展開されていて、一台の車を実に多才な姿に仕立てていたようです。
その中でも今回紹介されていたのが、ベレット1600GT。
「GT」という名前を日本の乗用車としていち早く名乗った車としても知られています。
GTとは「Gran Turismo(グラン・ツーリスモ)」。
長距離を快適に走るための高性能車、といった意味合いを持つ言葉です。
スポーツカーほど走りだけを追求するのではなく、速さと快適さを両立させて遠くまで走る。
そう考えると、当時のベレットGTはなかなか洒落た存在だったのでしょう。
テレビの画面に映る車も、今見るとどこか外国車のような雰囲気があります。
「なるほど。これは確かに名車なのだな」
そう思いながら眺めていたのですが、私の頭に浮かんできたのは、自動車史でも技術でもありませんでした。
近所にいた、少々嫌味なオッサンです。
私が子供の頃、そのオッサンはベレットに乗っていました。
ある日、
「おい、乗せて帰ってやるから助手席で待ってろ」
と言われ、私は素直に助手席へ乗りました。
ところが、いつまで経ってもオッサンが戻ってきません。
何をしているのかと思えば、本人はパチンコ店に入っていた。
こちらはランドセルを背負った子供です。
いつ終わるかも分からないパチンコを待っている理由などありません。
結局、私はベレットの助手席から降り、ランドセルを背負ったまま歩いて家へ帰りました。
今になって考えると、ずいぶん勝手な話です。
「乗せて帰ってやる」
と言われたから待っていたのに、肝心の運転手がパチンコを始めてしまったのですから。
当時は、こうしたパチンコ店への子供の置き去りが社会問題として取り上げられることもありました。
私も、その中の一人だったのだろうと思います。
ただ、子供の頃の私はそんなことを社会問題として考えていたわけではありません。
ただ、
「いつまで待たせるんだ、このオッサン」
くらいのものでした。
だから今になって、テレビでベレットが「日本の自動車史に残る名車」として紹介されているのを見ると、少々複雑な気分になります。
車は何も悪くありません。
むしろベレットは、当時としては先進的で、いろいろな用途に応えようとしていた車なのでしょう。
悪かったのは、たぶん乗っていた人間です。
しかし車というものは不思議なもので、カタログに書かれた性能だけでは、その人間の中での評価は決まりません。
誰が乗っていたのか。
どんな場所を走っていたのか。
そして、その車の中でどんな出来事が起きたのか。
そんなものまで一緒になって、その人間にとっての「車の記憶」になってしまいます。
私の町では、ベレットに乗っていることが必ずしもステータスにはなりませんでした。
いや、正確に言えば、
ベレットに乗るだけのステータスを持ち合わせていない人間が多すぎた。
車は洒落ている。
GTという名前も格好いい。
日本の自動車史にも残っている。
それなのに、私の記憶に残っているのは、パチンコ店へ入っていったオッサンと、その助手席に取り残されたランドセル姿の子供です。
何十年も経って、博物館の映像で再会したベレットは、あの頃よりずっと立派な車に見えました。
「お前、そんな名車だったのか」
少し驚きました。
しかし同時に、
「でも俺にとっては、やっぱりあのオッサンの車なんだよな」
とも思うのです。
自動車史には、自動車史の履歴書があります。
けれど私たち一人ひとりにも、その車についての履歴書がある。
名車と呼ばれる車であっても、誰かにとっては青春の思い出であり、誰かにとっては憧れであり、そして私のような人間にとっては、ランドセルを背負って一人で帰宅した日の記憶だったりする。
ベレットが悪いわけではありません。
ただ、私の町では少々、乗っていた人間のほうが問題だった。
だから今でもベレットを見ると、まず思い出すのです。
「ああ、あのパチンコ屋に入っていったオッサンの車だ」と。
……もちろん、これはベレットという車への文句ではありません。
ベレットを好きな方からすれば、
「名車を、そんなオッサンの思い出と一緒にするな」
と言いたくなるかもしれません。
それはごもっともです。
私だって、今回初めて知ったことが多く、ベレットが日本の自動車史の中でどんな役割を果たした車なのかを知れば知るほど、面白い車だと思います。
ただ、車というものは不思議なもので、いくらメーカーが立派な車を作っても、乗っている人間まで立派になるわけではありません。
私の記憶の中では、たまたまそのベレットに、パチンコ店へ入っていったオッサンの姿が重なっているだけです。
だからベレットに罪はありません。
むしろ、何十年も経ってから博物館の映像を見て、
「なるほど、こいつはそんなに偉い車だったのか」
と、あらためて感心しているくらいです。
ただし私の中では、どれだけ自動車史上の功績を説明されても、しばらくは、
「パチンコ屋に子供を置いていったオッサンの車」
という、なんとも不名誉な肩書きが外れそうにありません。
ベレットファンの皆さん、どうか車のほうには文句を言わないでください。
悪かったのは、あくまで乗っていた人間のほうです。



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