アニマックスで『科学忍者隊ガッチャマン』を流し見している。
子供の頃に見ていた作品だが、今になって改めて見ると、妙なところに目が行ってしまう。
まず、ファッションが凄い。
ウルフカットの髪型に、クレイジーパターンのTシャツ、ストライプ柄のスラックス。今の感覚で見ると「なぜ、この組み合わせにした?」と思ってしまうのだが、本人たちはいたって真面目な顔をしている。
そして動きも妙にクサい。
腰をひねる。髪がなびく。大きく身体を振る。そして、いちいち決める。
現代のアニメーションから見れば、ずいぶん大げさな芝居なのだが、ここまで堂々とやられると、逆に格好よく見えてくる。
これが「一周回ってカッコいい」ということなのだろう。
主題歌にも、そんな時代の勢いを感じる。
現在すっかりお馴染みになっている「ガッチャマンの歌」は、最初からオープニングだったわけではなく、放送初期にはエンディングで使われていた。
後にエンディングとなる「倒せ!ギャラクター」と入れ替わるわけだが、どちらも小林亜星さんの作曲である。
今聞いても、この二曲は妙に耳に残る。
当時のアニメを見ていると、小林亜星さんの名前が本当によく出てくる。子供向けだから簡単な曲なのではなく、むしろ子供が一度聞いたら忘れないような強烈な曲を作ってしまう。
そして画面の隅に出てくる「タツノコプロ」の名前を見ると、その中心にいた人物として吉田竜夫さんの存在も見えてくる。
漫画から始まったタツノコプロがアニメーションへ進み、こうした作品を作り上げていった。
そう考えると、『ガッチャマン』は単なる懐かしのヒーローアニメではなく、昭和の漫画とアニメが勢いを持って膨らんでいった時代の産物なのだと思う。
そして、その中でも妙に気になるのが白鳥ジュンである。
子供の頃なら「ガッチャマンの強いお姉さん」くらいの認識だった。
ところが今見ると、どうにも色っぽい。
普段は純喫茶の店員として働いているのに、戦闘になると長い髪をなびかせ、くノ一のような身のこなしで飛び回る。
しかも、ただ可愛い女性として描かれているわけではない。
どこか大人びていて、少し近寄りがたい。
私には、若い頃の梶芽衣子さんを思わせるところさえある。
昭和の映画女優にあった、媚びているわけではないのに妙に色気がある感じ。
それがアニメーションのキャラクターになっている。
考えてみれば、この作品を見ていたのは子供だけではない。
子供がテレビの前で「ガッチャマン、格好いい!」と見ている横で、親父さんたちは酒でも飲みながら、
「このジュンって娘、なかなかいいな」
などと、酒の肴にしていたのかもしれない。
今ならケンコバさんの『桃色探訪』あたりで、昭和の色気を持った女性としてネタにされてもおかしくない雰囲気まである。
……などと、こちらも朝から『ガッチャマン』を見ながら、親父さん側の目線になっている。
しかし、白鳥ジュンが面白いのは、最初から「お色気キャラクター」として作られているようには見えないところだ。
喫茶店では普通に働く女性。
科学忍者隊では男たちと一緒に戦う隊員。
そして、その姿を見ているこちらが勝手に色気を感じてしまう。
つまり、子供の頃には「格好いいお姉さん」だったものが、大人になった今では「昭和の女性像」としても見えてくる。
同じキャラクターなのに、見る側の年齢が変わるだけで、こんなにも見え方が変わる。
これは昔の作品を見返す面白さなのだろう。
子供の頃の自分を否定する必要もない。
あの頃はあの頃で、本当にガッチャマンが格好よかった。
ただ、今の自分には、ウルフカットも、派手な服装も、クサいアクションも、純喫茶のジュンも、そして小林亜星さんの歌も、全部ひっくるめて面白く見える。
古いからダサいのではない。
むしろ、ここまで思い切っていたからこそ、何十年経っても妙な存在感が残っている。
子供の目にも格好いい。
親父の目にも酒の肴になる。
そして大人になった自分には、その両方が分かる。
『科学忍者隊ガッチャマン』。
どうやら私は、二つの世代の目線を持ったまま、この作品を見ているらしい。



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