食の記憶

人の記憶

鰻は買うものではなかった──土用の丑の日に思い出す川の記憶

土用の丑の日が近づくと、CS放送では決まって鰻の蒲焼を紹介する通販番組が流れ始める。しかも、一日に何度も同じ番組が繰り返される。「厳選した国産鰻」「ふっくら香ばしい蒲焼」「暑い夏こそスタミナを」。画面いっぱいに照り輝く蒲焼が映し出されるたび...
人の記憶

猫たちの新商品検査員──セブンイレブンの見切り品コーナーが楽しみになった理由

猫と暮らしていると、人間の行動は少しずつ変わっていきます。以前の私は、仕事帰りにコンビニへ立ち寄るとしても、自分の晩酌の肴を探す程度でした。ところが今では、真っ先に向かうのは猫用フードやおやつが並ぶ棚です。きっかけは、近所のセブンイレブンの...
人の記憶

『ねるねるねるね』が教えてくれたこと──祖父と練った蕎麦、そして現代へ続く「作る楽しさ」

以前、『ねるねるねるね』という駄菓子について記事を書いたことがある。粉に水を加え、混ぜることで色や形が変わっていく。子どもの頃は、その不思議さに夢中になったものだ。ところが記事を書いたあと、不思議なことが起きた。私の頭に浮かんできたのは、駄...
人の記憶

第一章 レンガ一つで変わる、人の動線

朝方、仕事を終えて家へ戻ると、居間のちゃぶ台に小さな違和感を覚えました。見慣れたはずの景色なのに、どこか高さが違うのです。気のせいかと思いながら近づいてみると、その理由はすぐに分かりました。ちゃぶ台の四本の脚の下に、それぞれ一枚ずつレンガが...
人の記憶

人はなぜ、食卓を囲むのだろう。

衣・食・住は人が生きるための基本とされています。しかし、人が集まる場を思い浮かべると、その多くは「食」を中心に成り立っていることに気づきます。結婚式の披露宴、祝宴、法事、祭り、会社の飲み会、友人との食事会。海外ではホームパーティーや晩餐会、...
人の記憶

命をいただき、命を返す

― 『ある船頭の話』が記憶から離れない理由深夜、何気なく映画を観ていると、なぜか何年経っても心に残り続ける作品があります。私にとって『ある船頭の話』は、そんな一本でした。物語の舞台は、橋のない山あいの集落。船頭は毎日、小さな渡し舟で人々を向...
人の記憶

「いんでいら」という居場所

人は料理の味だけを覚えているわけではありません。店に流れていた空気や、店主との何気ないやり取りまで含めて、一軒の店として記憶に残っているものです。私にとって、そんな店の一つが「いんでいら」でした。この店を知ったのがいつ頃だったのかは、あまり...
人の記憶

宝泉坊──一杯のワンタン麺が教えてくれた、店という生き方

「人には忘れられない一杯がある。」それは高級料理とは限りません。 むしろ町の片隅で静かに営業していた、小さな食堂や町中華だったりします。私にとって、その一軒が「宝泉坊」でした。当時、私は松山市の和泉という地域に住んでいました。市駅まで歩いて...
人の記憶

夜更けのコンビニは、なぜ少しだけ優しいのか

深夜のコンビニへ行くことがある。何か特別な買い物があるわけではない。牛乳が切れたとか、煙草を買い忘れたとか、アイスが食べたくなったとか。理由はどれも些細なものだ。それなのに昼間とは違う空気を感じることがある。昼のコンビニは忙しい。宅配便を持...
人の記憶

食から言葉へ──郷土文化における身体・笑い・記憶の構造

郷土料理というものは、単なる地域の食ではない。それは「何を食べていたか」という記録であると同時に、「そのとき身体に何が起きていたか」という記録でもある。さらに言えば、食はその場で終わるものではなく、やがて笑いとなり、言葉となり、記憶として残...