酒は、料理だけが肴ではない。
私にとって一番の肴は、流れていく景色である。
若い頃から、ちょっとした旅へ出かける時は、小さなポケット瓶の酒を持ち歩くことがあった。
もちろん、自分で運転する時に酒は飲まない。
助手席や後部座席に座り、車窓の向こうへ流れていく町並みや山並みを眺めながら、ほんの少しだけ酒を口に含む。
目的は酔うことではない。
旅の時間を、ゆっくり味わうためである。
最近では、自宅で全国の高速道路を走る車載映像を眺めながら酒を飲むこともある。
画面の中を流れていく道路。
遠ざかる町並み。
山を越え、橋を渡り、海が見える。
不思議なことに、動いている景色を見ていると、一杯飲みたくなる。
考えてみれば、この感覚は昔から多くの旅人が味わってきたものなのかもしれない。
西部劇では、旅人が馬を止めて酒場へ入り、その日の旅を振り返る。
列車の旅では、駅弁と地酒を楽しみながら車窓を眺める。
旅番組でも、新幹線の車内で土地の酒と肴を味わう場面には、どこか心を引かれる。
そこでは酒そのものよりも、「移動する時間」がごちそうになっている。
景色は止まることなく流れ続ける。
だからこそ、一杯の酒も急いで飲む気にはならない。
ゆっくりと景色に合わせるように味わう。
それが、旅の酒の楽しみなのだと思う。
目的地へ着くことだけが旅ではない。
窓の外を眺めながら過ごす時間もまた、旅の一部である。
そして、その記憶は、家へ帰ってからも続いていく。
高速道路の映像を流しながら飲む一杯も、私にとっては旅の続きを味わう時間なのだ。
酒は、酔うためだけにあるのではない。
流れる景色や、その日に見た風景、旅の空気まで一緒に味わうためにある。
だから今日も私は、グラスを片手に、静かに流れていく景色を眺めている。



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