我が家の同居人は、相変わらず鶏卵の孵化を諦める様子がない。
これまでにも発泡スチロールを利用した自家製の温室を作り、何度か卵の孵化に挑戦してきた。しかし、思うような結果には至っていない。
それでも本人の中では、まだ計画は終わっていないらしい。
今回は爬虫類用の温室ヒーターを導入し、飼育環境を改善するつもりのようだ。温室ケースそのものは自作のものを使い続け、保温設備を市販品に置き換えるという。
失敗を経験しながら、少しずつ設備を整えていく。その姿勢だけを見れば、なかなか熱心な研究家である。
ただし、この繁殖計画には少々厄介な副作用がある。
それは同居人自身の食生活だ。
本人は卵を食べないようにしている。いわゆる卵断ちである。
これが思いのほか大変らしい。
ファーストフード店に行けばフライドチキンがある。しかし、親鶏を連想してしまうため食べられないという。
外食に出ても、料理には卵が使われていることが多い。
炒飯、オムレツ、お好み焼き、たこ焼き、カルボナーラ。
これまで何気なく食べていた料理が、次々と選択肢から消えていく。
卵そのものを避けるだけならまだしも、鶏肉まで連想によって遠ざけてしまうのだから、食べられるものは相当に限られてしまう。
鶏を増やすために、人間の食べるものが減っていく。
もはや断食に近い生活である。
ところが、この繁殖計画には、もう一つ別の参加者がいる。
実家の裏山にある畑だ。
孵化しなかった卵は、そこに埋葬されている。
人間にとっては残念な結果に終わった卵だが、野生動物にとっては事情が違うらしい。
狸やハクビシンが土を掘り返し、埋められた卵を見つけて食べてしまうのだ。
しかも、中身だけではない。殻まできれいに食べ尽くし、畑には何も残されていないという。
どうやら彼らにとっては、なかなかありがたい食料らしい。
さらに興味深いのは、毎回埋められる卵の種類が違うことだ。
以前、『マツコの知らない世界』という番組で、全国のお取り寄せ卵を食べ尽くしている女性が紹介されていた。
卵にも産地や品種による違いがあり、それぞれ味や特徴があるらしい。
人間が全国の卵を取り寄せて食べ比べるというのも、なかなか贅沢な趣味である。
しかし、我が家の場合は少々事情が違う。
同居人は卵を食べない。それどころか、孵化しなかった卵を裏山に埋めている。
そして、それを食べているのが狸やハクビシンだ。
毎回違う種類の卵が埋められるとなれば、彼らにとってはちょっとした宝探しなのかもしれない。
「今日はどこの銘柄だろう」
そんな期待を胸に、夜な夜な畑を訪れている姿を想像してしまう。
そのうち、卵の殻の色や大きさだけで銘柄を見分けるようになり、野生動物界の卵マイスターが誕生するかもしれない。
もっとも、味の違いまで分かっているかどうかは知らない。
同居人は新しい命を誕生させようと卵を温めている。一方、狸やハクビシンは、その卵を食べて自分たちの命をつないでいる。
人間の計画どおりには進んでいないものの、結果として別の生き物の栄養補給に役立っているわけだ。
彼らの繁殖を直接支えているとまでは言えないが、食料の一部にはなっているのだろう。
人間が失敗と呼んでいる出来事も、別の生き物にとっては思いがけない恩恵になる。
そう考えると、何とも複雑な話である。
ただし、同居人が狸やハクビシンのために卵を取り寄せているわけではない。
本人はあくまでも孵化を目指している。
その一方で、野生動物たちは次の入荷を待っているのかもしれない。
同居人は卵断ち、狸とハクビシンは卵三昧。
鶏が増える前に、野生動物の方が卵の銘柄に詳しくなってしまいそうだ。
どうやら我が家の養鶏事業は、知らないところで野生動物向けのお取り寄せ卵専門店まで兼業しているらしい。


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