3億円の宝と職場の恋愛。人間はなぜ本来の目的を忘れるのか

個人と共同体

先日、CATVのフジテレビONEで『もうバカリズムさんの初H!』というバラエティ番組を流し見していた。

11月はCATVの無料開放期間ということもあり、普段はあまり観ないチャンネルまで適当に流している。

番組の中に、あるセクシー女優の出演作品を紹介しながら、撮影当時の裏話を聞くコーナーがあった。

そこで紹介されたのが、ロッキー山脈に埋められた、3億円相当の宝を探すという企画だった。

海外の富豪が自分の資産の一部を山中に埋め、その情報をインターネットで公開する。参加者たちは、その手掛かりを頼りに宝を探すという、何とも豪快な余興である。

ところが、撮影現場では予想外の事態が起きていた。

宝探しに夢中になった撮影スタッフたちが、いつの間にか一体感と使命感に包まれてしまい、本来の番組で予定されていたお約束の絡みが成立しなくなってしまったという。

本来は番組を撮影するために集まった人たちだったはずが、気が付けば全員が宝探しの探検隊になっていた。

仕事を忘れさせるほどの3億円。

人間というのは、目の前に大きな欲望の対象が現れると、実に分かりやすく行動が変わるものらしい。

もっとも、私にはこれと少し似た話が身近にもある。

職場に恋愛を持ち込むということ

私が働いている物流関係の職場でも、従業員同士の交際については、何かと慎重な空気があるようだ。

以前、同じ職場に若い男性がいた。

その男性は夜勤勤務の女性と親密になったことが影響したのか、最終的には退職することになった。

詳しい事情までは分からない。本人たちの関係に職場がどのような判断を下したのかも知らない。

ただ、職場という場所に個人的な恋愛感情が入り込むと、何かと面倒なことが起きるのは想像できる。

勤務時間、配置、人間関係、周囲への気遣い。

本人たちにとっては個人的な問題でも、同じ職場で働く人たちにとっては、そう簡単に切り離せない場合もある。

仕事仲間という関係は、案外デリケートな均衡の上に成り立っているのかもしれない。

私の場合、異性という感覚が薄れてしまう

もっとも、私自身は同じ職場にいる女性に対して、あまり異性という感覚を持たない。

もちろん、相手が女性であることは理解している。

しかし、毎日同じ場所で顔を合わせ、同じ仕事をこなしていると、次第に同僚という認識が先に立つようになる。

相手の容姿や個人的な魅力よりも、仕事上の役割や性格、作業の癖などが気になってくる。

物流の現場では、そんなことを考えている余裕もあまりない。

荷物を運び、仕分けをして、時間に追われる。

20kgの荷物を持ち上げている最中に、恋愛感情まで持ち上げている余裕はないのである。

仕事が終われば、それぞれの生活に戻る。

私にとっては、それくらいの距離感がちょうどよい。

人間は環境によって役割を変える

考えてみれば、3億円の宝探しに夢中になった撮影スタッフも、職場で恋愛関係になる人たちも、ある意味では同じなのかもしれない。

人間は、置かれた環境や目の前の出来事によって、自分の役割や相手との関係を変えてしまう。

撮影スタッフは宝探しの仲間になり、仕事仲間は恋愛の相手になる。

それ自体が悪いというわけではない。

ただ、本来の目的や周囲との関係を見失ってしまうと、思わぬところで歪みが生じる。

人間には欲望もあれば、感情もある。

それらを完全に切り離して生きることなど、おそらくできないのだろう。

とはいえ、仕事場にまで個人的な感情を持ち込む必要があるのかと聞かれれば、私の場合は少々疑問が残る。

3億円の宝を目の前にして仕事を忘れる撮影スタッフ。

職場で異性を意識するより、同僚として付き合う方が気楽な私。

どちらが正しいという話ではない。

ただ、人間という生き物は、目の前に何か魅力的なものが現れると、案外簡単に本来の目的を忘れてしまうらしい。

もっとも、私の場合は3億円の宝が見つかったとしても、まずは仕事を休んで探しに行けるかどうかを考えるだろう。

その前に、夜勤の勤務表を確認しなければならないのだが。


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