以前、『ねるねるねるね』という駄菓子について記事を書いたことがある。
粉に水を加え、混ぜることで色や形が変わっていく。子どもの頃は、その不思議さに夢中になったものだ。
ところが記事を書いたあと、不思議なことが起きた。
私の頭に浮かんできたのは、駄菓子の思い出ではなく、祖父と一緒に蕎麦を練った、幼い頃の記憶だった。
私の実家は山間部の奥にあり、今のようにスーパーが身近にある環境ではなかった。
現在では道路も整備され、道の駅や大型店舗も各地にでき、欲しいものは簡単に手に入る。
しかし当時は違った。
食べ物は「買うもの」である前に、「作るもの」だった。
その中でも、一度しか経験していないのに今でも鮮明に覚えている料理がある。
それが「ねり蕎麦」だった。
石臼で挽いた蕎麦粉を器に入れ、熱い湯を少しずつ加えながら箸で練っていく。
祖父の隣で、私も同じように器を持ち、小さな手で一生懸命に箸を動かしていた。
最初はさらさらだった粉が、少しずつ粘りを帯び、やがて深い灰色の生地へと変わっていく。
子どもの私には、その変化がまるで遊びのように面白かった。
正直に言えば、味そのものは強く覚えていない。
醤油をかけて食べたことは覚えているが、「また食べたい」と思うほどの印象ではなかった。
それでも、その時間だけは忘れていない。
今になって思う。
私が覚えているのは料理ではなく、「作る工程」だったのだ。
祖父は何かを教えようとしたわけではない。
ただ、自分の隣で同じことをさせてくれた。
昔の暮らしでは、それが当たり前だったのだろう。
大人の仕事を見ながら真似をし、少しずつ暮らしを覚えていく。
料理を作っていたようでいて、実は生活そのものを受け継いでいたのかもしれない。
そんなことを考えていた矢先、Instagramで興味深い動画を見つけた。
蕎麦粉を水で溶き、鉄板の上へ薄く広げ、クレープのように焼き上げる料理だった。
最近では、小麦粉の代わりに蕎麦粉を使った生地が、健康志向の人たちの間でも親しまれているようだ。
もちろん、昔のねり蕎麦とは別の料理である。
しかし動画を眺めながら、私はどこか懐かしさを感じていた。
粉に水を加え、自分の手で混ぜ、形を変え、食べ物へと仕上げていく。
その工程が、幼い頃に祖父と向き合った時間と重なって見えたのである。
昭和の時代は、「手間を減らすこと」が豊かさだった。
インスタント食品や冷凍食品、レトルト食品は、忙しい暮らしを支える大きな味方になった。
しかし現代では、その便利さを知っているからこそ、あえてパンを焼き、味噌を仕込み、コーヒーをハンドドリップで淹れ、蕎麦を打つ人がいる。
効率だけでは測れない価値が、そこにはある。
人は完成品だけを求めているのではない。
自分の手を動かし、少しずつ形になっていく過程そのものを楽しみたいのではないだろうか。
そう考えると、『ねるねるねるね』も、ただのお菓子ではなかったように思えてくる。
子どもたちは、お菓子を食べていたのではない。
「自分の手で完成させる楽しさ」を味わっていたのだ。
祖父の横で蕎麦を練った時間。
何気なく見たInstagramの料理動画。
そして、一箱の駄菓子。
一見すると何の関係もない三つの記憶は、「手を動かして作る喜び」という一本の糸でつながっていた。
便利になった時代だからこそ、私たちはもう一度、完成するまでの時間を楽しむことの豊かさを思い出しているのかもしれない。
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食べ物は、お腹を満たすだけのものではありません。
何気ない一口が、何十年も忘れていた景色や人の姿を思い出させることがあります。
私にとって、祖父と練った蕎麦がそうだったように、誰の心にも「味」ではなく「記憶」として残る食べ物があるのではないでしょうか。
次は、そんな「食べ物が呼び覚ます記憶」について書いてみたいと思います。



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