海の底に沈められた鳥居や祠の映像を見ることがあります。
ダイバーたちが手入れを続ける海中神社には、さまざまな魚が集まりますが、その中でも鯛の姿が見られると、なぜか人々は喜びます。
考えてみれば不思議なことです。
魚礁のような構造物に魚が集まるのは自然な現象です。生き物にとって身を隠せる場所であり、潮の流れの変化によって餌も集まりやすくなるからです。
それでも私たちは、海中の祠の周りを泳ぐ鯛を見ると、単なる自然現象以上のものを感じてしまいます。
そこには長い年月をかけて積み重ねられてきた、人々の記憶があるのでしょう。
鯛は古くから「めでたい」に通じる魚として祝い事に用いられてきました。
正月のにらみ鯛、神社への奉納、婚礼料理、そして恵比寿様が抱える鯛。
人々は鯛の姿に豊漁や家内安全、商売繁盛など様々な願いを重ねてきました。
だから海中の祠に鯛が集まる光景を見ると、
「神様が喜んでいる」
「縁起が良い」
そんな気持ちになるのかもしれません。
もちろん鯛自身は何も考えてはいないでしょう。
ただそこに泳いでいるだけです。
けれど人間は昔から、自然の風景の中に意味を見出してきました。
山に神を見いだし、巨木に精霊を感じ、海に祈りを託してきたのです。
海中の祠に集まる鯛もまた、その延長線上にあるような気がします。
自然の現象に人が願いを重ねる。
その積み重ねが、信仰や民話、そして郷土文化になっていったのでしょう。
海底をゆっくり泳ぐ一尾の鯛を見ながら、人は魚を見ているようでいて、実は自分たちの願いや祈りを見ているのかもしれません。


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