2026-08

人の記憶

そういや昔……から始まる話──缶コーヒー片手の雑談が記事になるまで

現場仕事の前には、缶コーヒーを片手に他愛もない話をする時間があります。「昨日は暑かった。」 「猫がまた悪さをした。」 「昔の車は狭かった。」 「そういや映画でさ……。」仕事とは関係ない話ばかりです。でも、私のブログ『異民の苦楽詩』は、たいて...
人の記憶

小さなオレンジ色の車と、あの日の「まわりみち」

チャンネルNECOで『旧車探して地元めし』を流し見している。画面には、今ではなかなか見ることのできない小さな旧車が次々と登場する。流線型のボディを持ったヨタハチを見れば、「美しいな」と思う。しかし、その車内に大人二人が収まっている姿を見ると...
人の記憶

『ドッグスノーズと九匹の接客係──酒場は昔から、少しだけ騒がしい』

夜更けに酒を飲むことがある。最近は、ビーフィーターをビールで割った「ドッグスノーズ」を飲むこともある。名前からすると少々物騒だが、ジンとビールを合わせたカクテルである。ビールの苦味にジンの香りが加わるため、かなり辛口だ。甘いカクテルとは違っ...
人の記憶

「ウワァ……!」と叫ぶヒーロー──昔のテレビは、なぜ人間の感情を大げさに見せたのか

先日、アニマックスで昔のタツノコプロのアニメを流し見していました。そこで改めて感じたのが、「昔のテレビって、ずいぶん大げさだったな」ということです。もちろん、作品そのものを馬鹿にしているわけではありません。むしろ、今になって見るからこそ分か...
映画から考える社会

雑談は無駄話ではない──『レザボア・ドッグス』が描いた、会話と信頼の境界線

久しぶりに、クエンティン・タランティーノ監督の『レザボア・ドッグス』を流し見していた。1992年公開の作品だから、今から考えれば30年以上前の映画である。映像やファッションには時代を感じる。しかし、男たちがくだらない話をしている場面や、何気...
人の記憶

『AIR』をスポーツ音痴が見る──ジョーダンを口説いた営業マンと、酒場のおっさんの話術

ザ・シネマで『AIR/エア』を流し見していました。私はそもそもスポーツにほとんど興味がありません。バスケットボールのスター選手と言われても、マイケル・ジョーダン本人について詳しいわけではない。ところが、「AIR JORDAN」というバスケッ...
AIと人間

山男の家づくりからAI重機へ──「重機のオヤジさん」が若者を見守る日

8月11日は「山の日」。ヒストリーチャンネルでは、この日に合わせるように『ザ・山男』シリーズが長時間放送されている。真夏に見る雪山の映像は、どこか涼しげだ。白い息を吐きながら歩く山男。雪に覆われた森。凍り付いた川。薪ストーブの炎。暑さから逃...
AIと人間

第3話 文明は人間を怠け者にしたのか──道具が身体の代わりになるまで

人間は、昔から「楽をしたがる生き物」だった。重いものを持ちたくない。 遠くまで歩きたくない。 硬いものを素手で壊したくない。 暑い場所では涼しく過ごしたいし、寒い場所では暖かく暮らしたい。こう書いてしまうと、なんとも怠け者に見える。しかし、...
人の記憶

山男の家づくり──人力で建てる家は、自由なのか、それとも危険なのか

夏の「山の日」。ヒストリーチャンネルでは『ザ・山男』シリーズが長時間放送されている。真夏に見る雪山の映像は、どこか涼しげだ。白い息を吐きながら歩く山男。 雪に覆われた森。 凍り付いた川。 薪ストーブの炎。しかし、その風景の中で彼らが行ってい...
人の記憶

人はなぜ「無駄に凝る」のか──ものづくりが脳と人生を豊かにする理由

ヒストリーチャンネルで放送されている『ザ山男』や『ザ鍛冶男』を見ていると、不思議に思うことがあります。彼らは生活のために必要最低限のものを作っているはずなのに、いつしか必要以上に手間をかけ始めます。もっと簡単な方法があるにもかかわらず、昔な...