映画から考える社会

映画から考える社会

「視線の境界線──『Pearl』『X』『MaXXXine』から考える人間」序章 娘を救いに行った父親、スターになろうとした娘──『ハードコア』から『X』『MaXXXine』へ

映画を観ていると、ときどき、まったく別の時代に作られた作品が、思いがけないところで一本の線につながっていることがあります。以前、A24の『X』と『MaXXXine』について書きました。『X』では「見る側と見られる側」、そしてカメラに映る身体...
人の記憶

『バレットヘッド』が思い出させた一匹の犬──「飼う」という責任について

映画を観ていると、思いがけない記憶が蘇ることがある。先日、ザ・シネマで『バレットヘッド』を流し見しながら作業をしていた。銀行強盗に失敗した三人組が、逃走の末に廃屋の倉庫へ身を隠す。しかし、その場所は闇闘犬の飼育場だった。彼らは思わぬ大金を手...
映画から考える社会

映画が描く「疑われる恐怖」

裁判や冤罪を題材にした映画が数多く作られるのは、それが決して特別な出来事ではなく、誰にでも起こり得る問題だからだ。現実に起きた事件を振り返っても、そのことはよく分かる。地下鉄サリン事件では、現場で異変を知らせようと行動した一般市民が、当初は...
映画から考える社会

声は味方か、それともノイズか──『ミッドナイト・マーダー・ライブ』が映したラジオの力

作業中、CS放送で映画『ミッドナイト・マーダー・ライブ』を流し見していた。舞台は深夜ラジオの生放送。 長年人気を支えてきた毒舌DJが、放送中に事件へ巻き込まれ、リスナーとともに犯人らしき人物との緊迫したやり取りを続けていくという、一風変わっ...
AIと人間

アイアンマンは一人乗り飛行機の進化系なのか

夏休みになると、CS放送などではMARVELコミックを原作とした映画を目にする機会が増えます。その中でも、久しぶりに『アイアンマン』を見ていると、ふと妙なことを考えてしまいました。アイアンマンというと、特殊な能力を持ったヒーローという印象が...
人の記憶

「ウワァ……!」と叫ぶヒーロー──昔のテレビは、なぜ人間の感情を大げさに見せたのか

先日、アニマックスで昔のタツノコプロのアニメを流し見していました。そこで改めて感じたのが、「昔のテレビって、ずいぶん大げさだったな」ということです。もちろん、作品そのものを馬鹿にしているわけではありません。むしろ、今になって見るからこそ分か...
映画から考える社会

雑談は無駄話ではない──『レザボア・ドッグス』が描いた、会話と信頼の境界線

久しぶりに、クエンティン・タランティーノ監督の『レザボア・ドッグス』を流し見していた。1992年公開の作品だから、今から考えれば30年以上前の映画である。映像やファッションには時代を感じる。しかし、男たちがくだらない話をしている場面や、何気...
人の記憶

『AIR』をスポーツ音痴が見る──ジョーダンを口説いた営業マンと、酒場のおっさんの話術

ザ・シネマで『AIR/エア』を流し見していました。私はそもそもスポーツにほとんど興味がありません。バスケットボールのスター選手と言われても、マイケル・ジョーダン本人について詳しいわけではない。ところが、「AIR JORDAN」というバスケッ...