夏休みになると、CS放送などではMARVELコミックを原作とした映画を目にする機会が増えます。
その中でも、久しぶりに『アイアンマン』を見ていると、ふと妙なことを考えてしまいました。
アイアンマンというと、特殊な能力を持ったヒーローという印象があります。
ところが、トニー・スタークはもともと武器開発を行う技術者です。
その彼が、自分自身を守るために開発したのが、あの独特な装甲でした。
最初はかなり大掛かりな装備だったものが、物語が進むにつれて小型化され、性能も上がっていきます。
そして、その進化を可能にしたものの一つが、胸部に取り付けられた小型のエネルギー源です。
大きな機械を動かすには、それだけ大きな動力源が必要になります。
逆に言えば、動力源を小型化できれば、機械そのものも小さくできる。
これは現代の機械にもよく見られる進化です。
昔は部屋いっぱい必要だったコンピューターが机の上に収まり、やがてポケットに入るようになった。
カメラや音楽プレーヤー、電話なども、それぞれ別々の機械だったものが、今ではスマートフォン一台に収まっています。
そう考えると、アイアンマンも少し面白い存在です。
普通なら「飛行機を小さくして、一人で乗れるようにする」と考えそうなところを、アイアンマンの場合は逆です。
人間の身体そのものに飛行装置を組み込んでしまう。
つまり、
「一人乗り飛行機を作る」
というより、
「人間を飛行機に近づけていく」
わけです。
そう考えると、アイアンマンは単なるパワードスーツというより、極端に小型化された「一人乗り飛行機」の進化系にも見えてきます。
もちろん、現実にはあんな装甲を着て空を自由に飛び回ることはできません。
それでも映画を見ながら、
「機械を小さくしていった先には、こういう発想もあるのかな」
などと考えてしまう。
ただし、ここで一つ問題があります。
私自身、旧車の狭い車内が少々苦手なのです。
昔の車は、現在の車と比べると車内が意外に狭く感じるものがあります。
そんな私からすると、いくら空を飛べるとはいえ、全身を金属製の装甲で包み込まれるアイアンスーツは、夢の乗り物というより拷問に近い存在かもしれません。
しかも普通の車なら、狭くてもドアを開ければ外へ出られます。
アイアンスーツの場合は、飛んでいる最中に「ちょっと暑いから脱ごう」というわけにもいきません。
「空を飛べる」という夢のような機能と引き換えに、「身動きが取れない」という現実が待っている。
そう考えると、私にとってアイアンマンは、憧れの未来というより、
「ものすごく高性能な、空飛ぶ狭い車内」
なのかもしれません。
夏休みにヒーロー映画を眺めていただけなのですが……。
気がつけば、小型化の話から飛行機の話になり、最後は自分の狭い車内への苦手意識にたどり着いてしまいました。
映画というのは、こういう余計なことを考えさせてくれるところも面白いものです。



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