ベーリング海の荒波から物流センターへ。カニを獲る男たち、カニを仕分ける男

人の記憶

深夜、Discovery Channelで『ベーリング海の一獲千金』を流し見していた。

今回のシリーズは「S21:極限の海と壊れゆく均衡」。

大ズワイガニやタラバガニを求めて、荒れ狂うベーリング海へ繰り出す漁船の男たちを追った番組である。

画面に映し出される海は、とにかく荒々しい。

甲板には容赦なく波が打ち込み、強風が吹きつけ、飛沫は船体や設備に凍りつく。巨大なカニ籠を引き上げる作業も、一瞬の判断ミスが命取りになりかねない。

漁師たちは、自然を相手に仕事をしている。

そんな船内で、船長の妻が風邪を引いたらしい。

そこで船長は、風邪の感染を防ぐために船員全員へパック牛乳を配るという対策に出た。

もちろん、牛乳を飲んだからといって風邪の感染を防げるわけではない。しかし、限られた空間で共同生活を送る船員たちにとって、誰か一人が体調を崩すことは船全体の問題になる。

あの環境では、多少の体調不良でも気を抜くことはできないだろう。

波にさらわれる危険があり、甲板は滑りやすく、重量物を扱う。風邪を引いている場合ではないのである。

ベーリング海と物流センター、それぞれの戦場

そんな番組を見ていると、普段の自分の仕事が少しばかり優しく見えてくる。

私は物流センターで荷物の仕分けをしている。

もちろん、こちらも決して楽な仕事ではない。

夜間の作業、重量物の取り扱い、人員不足による担当区域の増加。ベルトコンベアから流れてくる荷物は、こちらの体調や都合などお構いなしに次々とやってくる。

ただし、ベーリング海のように荒波にさらわれることはない。

その代わり、職場には独自の生存戦略を身につけた人間もいる。

仕事の波が押し寄せてくる前に、絶妙なタイミングで引き際を見極める知能犯である。

自然の脅威には逆らえないが、職場の脅威には立ち回りで対処する。

もっとも、その結果として残された人間が仕事を引き受けることになるのだから、なかなか悩ましい。

ベーリング海なら船長が乗組員の配置を考えるのだろうが、こちらの現場では、残った船員が黙々と荷物を処理する。

どこの漁場にも、独自の立ち回りを心得た人間がいるものだ。

そして私は、カニを仕分けている

ところで、番組を見ながら妙なことに気がついた。

私は普段の仕事で、冷凍加工されたカニの仕分けもしているのである。

ベーリング海で命懸けで獲られたカニが、加工され、冷凍され、輸送され、物流センターへやってくる。

そして、その荷物を仕分ける人間がいる。

それが私だ。

画面の向こうでは、漁師たちが荒波と格闘しながらカニ籠を引き上げている。

一方、こちらでは冷凍カニの入った段ボールを仕分けている。

片やベーリング海、片や物流センター。

同じカニを相手にしていても、仕事の風景はずいぶん違う。

漁師たちは海からカニを引き上げ、私は物流の流れからカニの荷物を引き受ける。

考えてみれば、食卓に並ぶカニには、漁師だけでなく、加工する人、運ぶ人、仕分ける人など、いくつもの仕事がつながっている。

普段は荷物の中身など気にせず、行き先と番号を確認して流しているだけだが、その箱の向こう側には、こうした人間の営みがある。

カニは海からやって来る。人間は今日も働く

ベーリング海の漁師たちは、自然を相手に命を懸けている。

私たち物流の人間は、時間と荷物の流れを相手に身体を動かしている。

どちらが大変かなど、簡単に比較できるものではない。

ただ、あの荒海を見たあとでは、普段の仕事に対する見方が少し変わる。

少なくとも、荷物を仕分けている最中に海へ放り出される心配はない。

もっとも、重量物を扱っているときには、こちらもそれなりに気を遣う。

ベーリング海で獲られたカニが、やがて冷凍加工され、段ボールに詰められ、私の目の前を通過していく。

漁師たちが海で奮闘している頃、私は物流センターでカニの箱を仕分けている。

そう考えると、テレビの中の漁師たちと、妙なところで仕事がつながっている。

どうやら私は、ベーリング海には行かずとも、カニ漁の末端工程に少しだけ関わっているらしい。

今夜も画面の向こうでは、荒波が打ち寄せている。

そして明日、私の目の前には、別の形に姿を変えたカニが流れてくるのだろう。

海の男たちが命懸けで獲ったカニを、こちらは黙々と仕分ける。

人間の営みというものは、ずいぶん遠い場所でつながっているものだ。


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