記憶と現在

人の記憶

月夜に寄り添う三毛猫──寝酒の時間に残る、もう一つの余韻

酒の味わいは、舌で感じるものだけではない。香り、温度、グラスを傾ける時間。そして、その場に流れていた空気までもが、一杯の酒の記憶として残っていく。私にとって夜更けの寝酒には、もう一つの余韻を添えてくれる存在がいる。三毛柄の猫、月丸である。私...
人の記憶

テレビは「観るもの」から「暮らしの音」になった──古いAQUOSと、記憶で観るアニメ

テレビの音量について考えていた。私が使っているのは、シャープのAQUOS「LC-22K20」。2014年発売の機種なので、現在のテレビと比べれば、かなり旧式に近い。それでも、今のところ買い替える理由はない。画質にこだわっているわけでもない。...
AIと人間

文化は形を変えても残せるのか──『ゴールデンカムイ』から考える文化継承

『ゴールデンカムイ』の物語そのものは架空のものです。しかし、その作品をきっかけにアイヌ文化について調べていると、単なる漫画の舞台設定では終わらない問題が見えてきます。それは、「文化を後世へ残すとは、いったいどういうことなのか」という問題です...
人の記憶

「おでんの季節、我が家にはポトフがやって来た──チャボ誕生待ちの食卓」

台風の影響なのか、日差しがいくぶん抑えられた、穏やかな天候が続いている。夜更けになると、鈴虫などの鳴き声が聞こえてくる。昼間はまだ夏の余韻を残しているものの、夜のひんやりとした空気には、秋口らしい気配が漂い始めた。季節は、どうやら少しずつ秋...
人の記憶

顔が似ていただけなのに──『鬼平外伝 熊五郎の顔』と疑念の境界線

先ほど、時代劇専門チャンネルで『鬼平外伝 熊五郎の顔』を流し見していました。実はこの作品、これまできちんと見たことがありませんでした。何となく画面を眺めていたのですが、いつの間にか物語に引き込まれていました。『鬼平』といえば、盗賊を追う火付...
人の記憶

一月遅れの祭り──「ふないぱっちん」が運んできた大分の夏

さとのか4Kを流し見していると、見慣れない祭りの映像が始まりました。夜の大分の街を、巨大な山車が進んでいます。「何だ、この祭りは?」それが、私と「府内戦紙(ふないぱっちん)」との出会いでした。正直なところ、私は今までこの祭りの存在を知りませ...
人の記憶

警察官だって人の子──法を守る人間と、人情で動く人間の境界線

映画や漫画に登場する警察官を眺めていると、時々妙なことに気づく。同じ警察官なのに、作品によって「正義の味方」にもなれば、「嫌な奴」にもなる。警察内部の不正を調べる内務調査官などは、その典型かもしれない。汚職刑事を追い詰める映画では、内務調査...
人の記憶

山姥より人間が怖い──『三枚の御札』に見る、昔話と人間社会の境界線

先日、アニマックスで懐かしい『まんが日本昔ばなし』を見ていました。子どもの頃に見ていた番組が、何十年も経った今になってテレビに映っている。それだけでも少し不思議な感覚になります。ところが、ふと画面を見ていると、昔とは違うところが気になりまし...
人の記憶

時計より腹時計──夜型人間と猫の時間は、少し違う

昨夜のことである。深夜帯、私は酒を飲みながら、深夜番組を眺めていた。真剣に番組を見ているわけでもない。酒を飲みながら、テレビから流れてくるものを何となく眺めている。私にとっては、いつもの夜である。そんなところへ、一階から同居人が上がってきた...
人の記憶

路地裏の狭い酒場で飲む──カウンター越しに届く酒と肴

CS放送の「さとのか4K」で、『酒の道しるべ』という番組を流し見していた。東京・恵比寿周辺の飲み屋街を歩きながら、路地裏の酒場を訪ね、酒を飲む番組である。撮影は昼間だった。だから、夜の酒場らしい喧騒はない。それでも画面に映る狭い路地を眺めて...