さとのか4Kで『升毅の酒の道しるべ』を流し見している。
秋のグルメ特集ということで、今回は品川区の戸越銀座が登場していた。
こういう番組をぼんやり眺めていると、東京の街には地方に暮らしている人間からすると、どうにも身構えてしまう名前がある。
その代表格が「銀座」である。
銀座。
この二文字を聞いただけで、私の頭の中では勝手に高級車のグリルが現れる。
高級ブランド店。
高級料理。
高級クラブ。
高級マンション。
そして、私のような地方暮らしの人間には、何となく縁のなさそうな人々が歩いている。
「銀座へ行ってきます」
などと言われれば、
「そうですか……」
と、こちらまで少し姿勢を正してしまう。
別に誰かに怒られるわけでもないのだが、銀座という言葉には、それだけの圧がある。
ところが、今回テレビに映っていた戸越銀座を眺めていると、どうも様子がおかしい。
商店街である。
惣菜が売られている。
食べ歩きができる。
地元の人間が普通に買い物をしている。
そして酒を飲む。
あれ?
私が知っている銀座とは、少し違う。
もっと肩に力を入れて歩かなければならない場所ではなかったのか。
「銀座」という名前から想像していたものと、画面に映っているものとの間に、妙なズレがある。
そこでふと思った。
これは、国産車にベンツや高級車のグリルを付けて走っている車を見たときの感覚に近いのではないか。
いや、もちろん戸越銀座を国産車扱いしているわけではない。
あくまで私の脳内処理である。
「銀座」というエンブレムだけを見ると、ものすごく高級そうなのだが、実際に中身を覗いてみると、かなり生活感がある。
コロッケを買っている。
惣菜を買っている。
近所の人が歩いている。
つまり、銀座という高級車のグリルを装着しているのに、車内では普通に弁当を食べている。
この感じが妙に面白い。
そもそも戸越銀座という名前にも歴史があるらしい。
関東大震災の後、銀座で発生したレンガの瓦礫を戸越側が譲り受け、それを道路の整備に利用したことなどが「戸越銀座」という名前につながったという。
そう考えると、ますます面白い。
最初から「高級な銀座になろう」としていたわけではない。
銀座との縁ができ、その名前をいただき、商店街として発展していった。
結果として、全国の人間からすると、
「銀座=高級」
という巨大なイメージの恩恵を受けることになる。
これは地名のブランド力というものなのだろう。
地方にも「○○銀座」と名乗る商店街がある。
しかし、そこへ行ってみれば、高級ブランド店が並んでいるわけではない。
八百屋があり、惣菜屋があり、昔ながらの商店があり、近所のおばちゃんが買い物をしている。
むしろ「銀座」という名前のほうが立派である。
看板だけ見れば高級車。
中身は生活の足。
このアンバランスさが、私は嫌いではない。
考えてみれば、街というものはこういうものなのかもしれない。
名前だけ聞いて勝手に想像していた世界と、実際に暮らしている人々の世界は、必ずしも一致しない。
「銀座」と聞いて、地方に住む私が勝手に富裕層の街を想像していた。
しかし画面の中では、誰かが惣菜を買い、誰かが酒を飲み、誰かが普通に歩いている。
そこには東京の巨大都市としての華やかさよりも、案外どこにでもある商店街の生活がある。
結局のところ、私は「銀座」という二文字に勝手に高級車のグリルを付けていたのかもしれない。
実際の戸越銀座は、そんなに肩肘を張った場所ではない。
むしろ、銀座という立派なエンブレムを付けながら、今日も庶民の買い物を支えている。
高級車の顔をしているが、やっている仕事は実用車。
そう考えると、戸越銀座という名前が少し親しみやすく見えてくる。
ただし、地方暮らしの人間としては、テレビ画面を眺めながら、
「銀座か……」
と一度だけ姿勢を正してしまう。
長年染みついた地名ブランドというものは、なかなか強力なのである。



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