シーザーの歴史探訪

記憶と現在

秋口になると、歴史を扱ったローカル番組が寄せ集めのように放送されることがある。

お笑い芸人さんが地元の城を訪ねて解説したり、地元タレントさんが「我が町の歴史」を紹介したり。

普段からこうした番組を、特に目的もなく流し見している。

今回見ていたのは、藤波辰巳さんが出演する歴史探訪番組だった。

北九州・小倉にある城を訪ね、そこにまつわる歴史を紹介していく番組のようである。

歴史番組なのだから、普通なら城の由来や歴史上の人物について耳を傾けるところなのだろう。

ところが、私が気になってしまったのは別のところだった。

番組には、その城にまつわる歴史上の人物に扮した地元劇団員の方々が登場する。

皆さん、なかなか元気がいい。

歴史上の人物になりきって藤波さんに絡んでくるのだが、そのテンションと、どこか辿々しい受け答えが妙に面白い。

一生懸命やっていることは伝わってくる。

しかし、テレビ慣れした芸人さんのような滑らかな掛け合いではない。

少し間がある。

少し迷いがある。

それでも本人たちは元気である。

その横で、藤波辰巳さんは妙に静かだ。

周囲が歴史劇のテンションになっているのに、藤波さんは必要以上にそれへ乗っからない。

淡々と受け止めている。

この温度差が、なんとも面白い。

「もう少し盛り上げてあげてもいいのでは……」

などと思いながら見ていると、なぜか昔のプロレス技まで頭に浮かんできた。

ドラゴンスリーパーである。

もちろん藤波さんが技をかけているわけではない。

ただ、こちらから見ると、元気よくやって来る劇団員さんたちの勢いを、藤波さんが静かに受け止めている。

その姿が、妙に「芸を落ち着かせている」ように見えてしまう。

我ながら、どういう見方をしているのだろう。

さらに藤波さんが城内を歩いている姿を眺めていると、少し前屈み気味なのに、意外なほど軽快に歩いている。

そこで、また余計なことを思いついた。

「シーザーみたいだな……」

『猿の惑星』のシーザーである。

人間の文明を観察しながら、何かを学んでいくあのシーザーである。

そう思ってしまうと、もういけない。

藤波さんが小倉城を歩いている姿が、

「ほう……人間はこんな城を造るのか」

「なるほど。人間は歴史上の人物の格好をして、その歴史を芝居にするのか」

と、人間社会について静かに学習しているシーザーにしか見えなくなってきた。

周囲では歴史上の人物に扮した人たちが元気に動き回っている。

その中を、少し前屈みになった藤波さんが軽快に歩いている。

私の中では、もう完全に「シーザーの歴史探訪」である。

以前なら人間の文明を観察していたシーザーが、今度は小倉城まで来て、人間の歴史そのものを吸収している。

なんとも微笑ましい光景ではないか。

もちろん、藤波辰巳さんはシーザーではない。

小倉城の歴史を紹介するために出演しているだけである。

地元劇団員の皆さんも、番組を盛り上げようと一生懸命なのだろう。

それなのに私は、城の歴史より出演者同士の温度差を眺め、そこからプロレス技を連想し、最後には藤波さんをシーザーにしてしまった。

これが私の脳内処理能力なのである。

普通なら、

「藤波辰巳さんが小倉城を訪ね、歴史を学んでいる」

で終わるところを、

「劇団員のテンションが高い」 ↓ 「藤波さんが静か」 ↓ 「ドラゴンスリーパー」 ↓ 「少し前屈みで軽快」 ↓ 「シーザー」

となる。

どこで計算を間違えたのか、自分でもよく分からない。

しかし、こういうことがあるから、私は歴史番組の流し見をやめられない。

番組を作った側が用意した見どころとは、まったく違うところで勝手に楽しんでいる。

そして今日もシーザーは、人間の歴史を一つ吸収した。

小倉城まで来て、地元劇団の芝居まで見せられたのだから、なかなか勉強熱心な猿である。


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