愛媛県松山地方には、「おもぶり」と呼ばれる郷土料理があります。
炊きたての白飯に塩を振り、後から味付けした野菜や山菜を混ぜ込む素朴な料理です。現代の感覚では特別豪華な料理には見えないかもしれません。しかし、この料理が作られていた時代の人々にとって、白いご飯そのものがご馳走でした。
大正から昭和初期にかけての農村では、米は貴重な換金作物でした。農家であっても日常的に食べるのは麦飯や雑穀飯であり、白飯は神仏を祀る日や客を迎える日など、特別な機会にしか口にできなかったといいます。
そんな時代、おもぶりは地域の集まりや念仏講などで振る舞われていました。
白飯を食べることよりも大切だったこと
村の行事では、おもぶりのおにぎりが子どもたちに配られることもあったそうです。
今の子どもたちにとって、おにぎりはコンビニやスーパーで気軽に買える身近な食べ物です。しかし当時の子どもたちにとっては、白いご飯のおにぎりそのものが特別な楽しみでした。
けれども、今振り返ると人々が求めていたのは白飯だけではなかったような気もします。
そこには、
「今日はみんなが集まる日だ」
という特別な空気がありました。
同じ場所に集まり、同じ料理を囲み、同じ時間を過ごす。その体験そのものが、ご馳走だったのではないでしょうか。
同じ釜の飯を食うということ
昔から「同じ釜の飯を食う」という言葉があります。
同じものを食べることで、全員が同じ考えになるわけではありません。
しかし、
「自分たちは同じ集まりの一員である」
という感覚は生まれます。
地域の共同作業や祭り、法事や寄り合いなど、昔の暮らしは人とのつながりの中で成り立っていました。
そのため食事は単なる栄養補給ではなく、共同体を確認するための時間でもあったのでしょう。
現代にも残る「同じ釜の飯」
こうした考え方は、完全に過去のものになったわけではありません。
職場の歓迎会や打ち上げ、スポーツチームの合宿なども、どこか似た役割を持っています。
仕事や競技だけなら一人でもできます。
それでも人は、時々同じ食卓を囲みます。
食事をしながら雑談を交わし、お互いの人柄を知る。そうした時間が信頼関係を育てていくことも少なくありません。
昔の念仏講と現代の職場では形こそ違いますが、「一緒に食べることで関係を築く」という点では意外と変わっていないのかもしれません。
おもぶりが教えてくれるもの
現代は好きなものを好きな時に食べられる時代です。
それは豊かになった証でもあります。
一方で、おもぶりのような郷土料理を見ていると、料理の味だけではない価値があったことにも気づかされます。
人が集まり、同じものを分け合い、他愛もない話をしながら笑う。
おもぶりとは、白飯の美味しさを伝える料理というよりも、人と人とのつながりを映し出す料理だったのかもしれません。
郷土料理とは、食べ物の記録であると同時に、その時代の人々がどのように集まり、どのように暮らしていたのかを伝える記憶でもあるのでしょう。



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