映画やプロレスを見ていると、つい主役ばかりに目が向いてしまう。
リングの中央に立つレスラー。観客の歓声を浴びる人気選手。あるいはテレビに映る大統領や会社の社長。
しかし、物事を少し離れた場所から眺めてみると、不思議なことに気づく。
本当に組織を支えているのは、表舞台に立つ人間だけではないのである。
以前、私は実行委員会に関する記事を書いた。
そこでは委員長よりも、副委員長や事務局、会計担当といった人々が、実際には様々な調整業務を引き受けていることに触れた。
会議の日程を決める。
予算を管理する。
関係者へ連絡を取る。
問題が起きれば火消しに回る。
委員長が方針を示せたとしても、それだけでは組織は動かない。
誰かが裏側で歯車を回しているからこそ、計画は実行される。
同じことはプロレス興行にも見られる。
観客の記憶に残るのはスター選手の試合かもしれない。
しかし会場を押さえ、スポンサーを探し、チケットを管理し、音響や照明を準備する人がいなければ、リングそのものが存在しない。
観客から見えない場所で動く人々が、興行という建物の土台を支えている。
まさに「屋台骨」である。
歴史を見ても、この構図は変わらない。
江戸幕府では将軍が権威の象徴だった。
しかし実際に政治や財政、人事を動かしていたのは老中や若年寄だった。
現代の政治でも、大統領や首相の周囲には副大統領や官房長官、補佐官といった存在がいる。
彼らは決して主役ではない。
だが、主役だけでは成り立たない仕事を引き受けている。
面白いのは、こうした人々が目立たないほど組織が安定することである。
優秀な裏方は存在感を消す。
問題が起きなければ話題にならない。
むしろ何も起きないことが成功だからだ。
そのため、私たちは彼らの働きを見落としやすい。
我が家の猫たちを見ていても似たようなことを感じる。
月丸が堂々とした態度でくつろいでいる一方で、天は周囲を観察しながら静かに動いている。
どちらが偉いという話ではない。
役割が違うのである。
そして、その役割の違いによって全体の秩序が保たれている。
社会は主役だけでできているわけではない。
映画にもエンドロールがあるように、私たちが目にする結果の背後には無数の名前が並んでいる。
副委員長。
事務局。
老中。
副大統領。
興行スタッフ。
そして名前も知られない裏方たち。
彼らがいるからこそ、主役は主役でいられる。
私たちはつい光の当たる場所ばかりを見てしまうが、本当に組織を支えているのは、その少し後ろに立つ人々なのかもしれない。



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