私の実家は兼業農家だった。
そのため食卓に並ぶものも、一般家庭とは少し違っていたように思う。
朝食や昼食には麦味噌の味噌汁がよく出された。具材は豆腐やワカメもあったが、松山あげだけということも珍しくなかった。県外の人から見れば、少し質素な味噌汁に見えるかもしれない。
しかし、その横には必ずと言っていいほど大きなおにぎりが置かれていた。
最近のコンビニで売られているようなものではない。手に持つとずっしりと重く、一つで食事になるほどの大きさだった。
子どもの頃の私は、それが当たり前だと思っていた。
田植えや収穫の時期になると家族総出で忙しくなる。前日のうちに大量のおにぎりを握り、翌日の作業に備えるのも当たり前の光景だった。小さなおにぎりを何個も作るより、大きなおにぎりをまとめて作った方が手間も少ない。
つまり、あのおにぎりは見た目のためではなく、生活のために存在していたのである。
そんな我が家の食文化に驚いたのが同居人だった。
初めて巨大なおにぎりを見た時、「馬鹿じゃない……」と呟いたことを今でも覚えている。
無理もない。
同居人の育った家庭では、俵型の小ぶりなおむすびが一般的だった。食事として見ても、あまりに規格外に映ったのだろう。
ところが家の仕事を手伝うようになってから、その見方は少しずつ変わっていった。
炎天下での作業や長時間の労働を経験すると、食事は見た目の美しさだけでは成立しないことが分かる。身体を動かし続けるためには、十分な炭水化物が必要になる。
あの大きなおにぎりは、単なる大食いの象徴ではなかった。
持久力や瞬発力を支えるための燃料だったのである。
やがて同居人も、具材をたっぷり詰めた三角形のおにぎりを握るようになった。
理由を知れば、人は案外受け入れるものなのかもしれない。
麦味噌の味噌汁も同じである。
私にとっては当たり前の味だったが、他の地域では米味噌が主流であり、その甘さや香りは珍しく映ることもある。
それでも、その土地で長く受け継がれてきた食べ方には必ず理由がある。
麦味噌の味噌汁も、松山あげも、巨大なおにぎりも、決して特別なご馳走ではない。
ただ毎日の暮らしを支えるために生まれ、受け継がれてきた生活の知恵だったのである。



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