愛媛県で育った人間にとって、「豚太郎」という名前には少し不思議な響きがある。
高知県発祥のラーメン店でありながら、なぜか愛媛県にも数多くの店舗があり、それぞれが独自の存在感を放っている。
全国的な有名チェーンではない。
観光客がわざわざ訪れる名店というわけでもない。
それでも、地元で暮らしていると不思議と人生のどこかで関わることになる店である。
私もその一人だった。
子どもの頃の私は、ラーメンの味などよく分かっていなかった。
ただ、店の赤い看板や夜のネオンには妙な魅力を感じていた。
家族と訪れた店。
友人と立ち寄った店。
大人になってから深夜に入った店。
気がつけば、人生の様々な場面に豚太郎が顔を出している。
思い返してみると、私が覚えているのはラーメンそのものより、その時一緒にいた人たちの方かもしれない。
町中華というものは不思議である。
高級料理店のような特別感はない。
流行の店のような華やかさもない。
しかし、日常のすぐ隣にありながら、人の記憶には妙に残る。
豚太郎もそんな店だった。
店ごとに味が違う。
店ごとに雰囲気が違う。
常連客の顔ぶれも違う。
それでも、どの店にも共通していたのは「地域の食堂」のような空気だった。
今では健康を気にする年齢になった。
ラーメン一杯を食べるにも少しだけ躊躇する。
それでも時折、あの味を思い出すことがある。
おそらく懐かしんでいるのはラーメンではない。
その店が存在していた頃の自分自身なのだろう。
豚太郎は私にとって、ご当地ラーメンというよりも人生の風景の一部である。
だからこの話はラーメンの話でありながら、同時に人の話でもある。
そして、おそらくこれからも続いていく話でもある。
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