僕の髪は肩を越えた。コロナ禍が残した長髪生活

人の記憶

チャンネル銀河で『孤独のグルメ Season9』を流し見していた。

2021年に放送された作品ということもあり、画面に登場する出演者や店員のマスク姿が目につく。

料理を楽しむ五郎さんの姿はいつもと変わらないように見えるが、改めて眺めてみると、そこにはコロナ禍という時代特有の風景が映し出されている。

飲食店での感染対策、人々のマスク姿、そして人と人との距離感。

当時はそれが日常だった。

今になって振り返ると、ずいぶん窮屈な時代を過ごしていたものだと思う。

ところで、私自身にも、このコロナ禍を境に変わってしまった生活習慣がある。

それは床屋に行かなくなったことだ。

2020年頃から、なんとなく床屋へ足を運ばなくなった。

最初は感染を避けるためだったのかもしれないし、単に外出する機会が減ったからなのかもしれない。

いずれにしても、髪を切る機会がなくなった。

ところが、人間というものは不思議なもので、髪を切らなければ当然ながら伸びてくる。

最初は耳にかかる程度だったものが、いつの間にか襟足に届き、やがて肩に近づいてきた。

そして2026年。

気がつけば、肩を越えてしまった。

吉田拓郎の『結婚しようよ』という歌に、

「僕の髪が肩まで伸びて」

という印象的な一節がある。

1970年代のあの時代、男性が肩まで髪を伸ばすというのは、それなりに個性を主張する行為でもあったのだろう。

しかし、私の場合は少々事情が違う。

別に時代に反抗したかったわけでも、若者文化に憧れていたわけでもない。

床屋に行かないまま年月が過ぎただけである。

気がつけば、吉田拓郎の歌の主人公よりも先へ進んでしまった。

しかも、髪を伸ばすことに特別な苦労を感じているわけでもない。

現在では後ろで束ねられる長さになり、服装に合わせて帽子を選ぶ楽しみまで増えてしまった。

かつては定期的に短くしていた髪が、今では自分の身なりの一部になっている。

世の中は徐々にコロナ禍以前の生活へと戻っていった。

マスクを外す人が増え、飲食店にも以前のような賑わいが戻ってきた。

しかし、私の頭の上では、あの頃から続いている変化が今も進行している。

コロナ禍で失われたものもあれば、新しく身についた習慣もある。

私の場合、そのひとつが長髪だったということだ。

2020年から約6年。

世間は元の姿に戻りつつあるが、私の髪は元に戻るどころか、肩を越えてしまった。

コロナ禍は終わっても、私の髪には終息宣言が出ていない。

さて、これからどこまで伸びるのだろう。

もはや床屋に行くタイミングを失ったまま、別の人生を歩き始めているような気さえする。


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