人と移動 ― 何かが起こる気がしていた夜

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― 移動は偶然との出会いを生む ―

学生時代、大学とアルバイトの往復に少し疲れていた時期があった。

特別に嫌なことがあったわけではない。

ただ毎日が同じように過ぎていき、どこか息苦しさのようなものを感じていた。

そんなある夜、友人と車に乗って出かけた。

目的地はなかった。

誰かに会う約束もない。

ただ車を走らせていただけだった。

今思えば、現実逃避に近かったのかもしれない。

その日は霧が出ていた。

夜道の景色はぼんやりとしていて、普段見慣れた場所でさえ少し違って見える。

それが妙に心地よかった。

若い頃というのは不思議なもので、何かを探しているわけではないのに、どこかで「何かが起こるのではないか」と期待している。

根拠など何もない。

それでも車を走らせてしまう。

梅津寺近くの公園の駐車場に車を停めた。

そのまま友人と線路沿いを歩いていると、一人の男性に声を掛けられた。

「ウチの店に来たのかい?」

普通なら警戒したかもしれない。

しかしその夜は違った。

霧の夜道も、目的のない散歩も、すでに日常から少し外れた場所にいたような気がしていた。

私たちは頷き、その男性について行った。

しばらく歩くと古民家風の建物が現れた。

夜だったので細部は覚えていない。

ただ印象に残っているのは屋根だった。

左右対称の特徴的な形をしていて、子供の頃に読んだ『すてきな三にんぐみ』に登場する山高帽を思わせた。

店の主人は建物について語ってくれた。

大工ではなく芸術家が作った建物なのだという。

本当だったのかどうかは分からない。

だが、その話が妙に面白くて友人と笑ったことだけは覚えている。

コーヒーも飲んだ。

しかし味は覚えていない。

店の名前も覚えていない。

それなのに、その夜のことだけはなぜか忘れられない。

思い返してみると、私が求めていたのはコーヒーでも喫茶店でもなかったのだろう。

あの頃は毎日の生活の中で、どこか別の世界への入口のようなものを探していたのかもしれない。

そして霧の夜道の先にあったその店は、ほんの短い時間だけ、その役割を果たしてくれた。

若い頃の夜のドライブは不思議である。

何か目的があるわけではない。

それでも車を走らせる。

そして時々、思いもよらない場所へたどり着く。

今では効率や時間を考えることが増えた。

しかし、あの頃のような「何かが起こる気がする」という根拠のない期待も、人が前へ進む原動力の一つだったのかもしれない。


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