ついに、我が家のチャボの卵から雛がかえりました。
……といっても、一羽だけです。
最初に用意された卵は20個。
その中で人工孵化によって誕生したのは、たった一羽。
単純に考えれば、20分の1です。
そう考えると、かなり希少な鳥です。
ただし、その誕生の仕方は、決して華々しいものではありませんでした。
自力では殻を破れなかった雛
カキPは、自分の力だけで殻を破って出てきたわけではありません。
殻を破る力が足りなかったのか、同居人が殻をほとんど壊しながら、なんとか外へ出したそうです。
生まれた直後は、ぐったりとしていたとも聞きました。
「これは大丈夫なのか?」
そんな心配をさせるような誕生です。
自然界ならば、自分で殻を破れない個体は、生存競争の段階で不利になってしまうのかもしれません。
ところが、そんなカキPに餌を与えてみると、ちゃんと食べているようです。
どうやら、見た目ほど弱っているわけではありません。
生まれ方は貧弱でも、生きる力まで貧弱とは限らない。
どうやらカキPは、最初からそんなことを教えてくれているようです。
「メイド・イン・ヘブン」なのに30日以上
今回の人工孵化は、卵を温め始めてから30日以上かかりました。
ここで私の頭に浮かんだのが、なぜか『ジョジョの奇妙な冒険』です。
プッチ神父のスタンド能力といえば、「メイド・イン・ヘブン」。
時間を加速させる、とんでもない能力です。
ところが我が家のカキPには、そんな能力はありませんでした。
むしろ逆です。
30日以上もかけて、ようやく誕生。
時間を加速させるどころか、こちらは一か月以上待たされています。
しかも最後は自力で殻を破れず、同居人の手を借りてようやく外へ出てきた。
どうやらカキPのスタンド能力は、
「時間をかけて、なんとか生まれる」
という、かなり地味なものだったようです。
それでも20個の卵から生まれたのは、この一羽だけ。
そう考えると、これはこれで「メイド・イン・ヘブン・カキP」と呼びたくなってきます。
卵から出てきた姿は、かなりジョジョだった
そして、孵化直後の写真を見せてもらいました。
正直に言うと、可愛い雛を想像していた私の予想は、少し裏切られました。
濡れた羽毛が身体に張り付き、まだ鳥らしい姿も十分に整っていません。
写真だけを見ると、卵から雛が生まれたというより、何か別の生物が卵から這い出してきたようにも見える。
そこで思い出してしまったのが、やはり『ジョジョの奇妙な冒険』です。
あの作品に出てくる、卵から何かが生まれかけているような不気味な場面。
それを一度思い出してしまうと、もう普通の雛には見えません。
これはもう、
「メイド・イン・ヘブン・カキP」
です。
名前だけは、とんでもなく強そうです。
カキPという名前
ところで、この雛には「カキP」という名前が付けられました。
由来は『さるかに合戦』に登場する、
「早く芽を出せ、柿の種……」
という話から来ているそうです。
卵から出てきたのは柿の芽ではなく、チャボです。
しかも、かなり頼りないチャボです。
それでも、20個の卵の中から一羽だけ芽を出したような存在だと思えば、「カキP」という名前も妙に似合っています。
残された19個の卵
一方で、孵化しなかった卵は、実家の畑に埋められることになりました。
土に還る、と言えば聞こえはいいのですが、いずれハクビシンなどの野生動物に掘り起こされ、食べられる可能性もあります。
20個の卵から始まった物語。
一羽は鳥になった。
残りは土へ還っていく。
そして、その土に埋められた卵を、今度は野生動物が見つけるかもしれない。
同じ卵から始まったはずなのに、それぞれの行き先はまったく違います。
20分の1という数字は、単なる成功率ではなく、残り19個の存在まで含めて考えると、少し重みのある数字にも思えてきます。
雄なのか、雌なのか
同居人は、カキPを雌鶏だと思っています。
私はというと、まだ決めなくてもいいと思っています。
生まれたばかりなのですから、もう少し成長してから分かればいい。
雄なのか雌なのか。
今のところ、本人にも分からないでしょう。
そもそも、まだ「カキP」という名前しか決まっていないのです。
そして、片目も気になる
さらに、もう一つ気になることがあります。
写真を見る限り、どうやら片目の具合が良くないようなのです。
卵を回していた際に、片側に偏りすぎたことが影響したのではないかと考えていますが、これはまだ原因として断定できません。
最初に撮った写真のほうが、その様子は分かりやすいように感じます。
もし本当に片目が不自由なのだとすれば、カキPは生まれた瞬間から、なかなか個性的な条件を背負ったことになります。
ひょっとすると今後、カキPの写真は、小泉八雲のように片側から撮影することになるのかもしれません。
雄なのか雌なのかも、まだ分からない。
片目がどこまで不自由なのかも、まだ分からない。
それでも餌は食べている。
分からないことだらけですが、とりあえず生きています。
科学技術より母性は強いのか
今回のカキPを見ていて、ふと考えたことがあります。
鶏にしても猫にしても、母親に育てられた子どもたちには、やはり独特の生命力があるように感じます。
もちろん、一羽一匹の状態だけで人工孵化と自然孵化の優劣を決めることはできません。
それでも、母親に抱かれ、温められ、鳴き声を聞きながら育つという環境には、人工的な装置だけでは簡単に再現できない何かがあるのではないかと思ってしまいます。
科学技術が発達した現在、人間は卵を温めることができるようになりました。
温度も湿度も管理できる。
卵を回すこともできる。
母鶏がいなくても、生命を誕生させることができる。
しかし、母親の体温や匂い、声、抱き方までを完全に再現できるわけではありません。
生命を誕生させる技術は手に入れても、生命を育てることについては、まだ母性から学ぶことが多いのかもしれません。
そう考えると、人工孵化によって生まれたカキPは、科学技術の勝利を象徴する存在というより、むしろ母親の存在がどれほど大きいのかを考えさせてくれる小さな存在なのかもしれません。
もっとも、当のカキPはそんな難しいことなど考えていないでしょう。
「腹が減ったから餌を食う。」
今のところ、それだけで十分なのかもしれません。
20分の1の異民
20個の卵から、一羽だけが生まれました。
自力で殻を破ることはできなかった。
生まれた直後はぐったりしていた。
30日以上も時間をかけた。
片目の具合も気になる。
雄なのか雌なのかも、まだ分からない。
それでも餌を食べている。
そして何より、この一羽は、20分の1の確率をくぐり抜けてこちら側へ出てきました。
自然界の基準で見れば「弱い個体」なのかもしれません。
しかし、人間の側から見れば、たった一羽の「生き残った存在」です。
劣等生なのか、奇跡なのか。
そんなことは、まだ誰にも分かりません。
ただ一つ確かなことがあります。
カキPは、もう我が家の住人になったということです。
猫たちにとっては、突然現れた小さな鳥。
同居人にとっては、待ちに待ったチャボ。
そして私にとっては――
20分の1の確率で出現した、性別不明・片目不明・生存能力未知の異民。
その名も、
メイド・イン・ヘブン・カキP。
さて、この貧弱な異民は、これからどこまで成長するのでしょうか。
どうやら我が家のチャボ騒動は、孵化したところで終わりではなさそうです。
カキPの命は、蝉のように短いものでした。
けれど、その短い時間の中で、カキPは身体全体を使って地上での生活を表現していたのかもしれません。
数歩だけ歩いて、うずくまる。
小さな身体で餌を食べる。
そして、鈴虫のような声で鳴く。
私はそれを、ただ弱々しい鳴き声だと思っていました。
しかし今になって考えると、あれはカキPなりの精いっぱいのアピールだったのかもしれません。
「ここにいるよ」と。
小さな身体から発せられた、あまりにも控えめな声でした。
我が家では秋になると、鈴虫の音色を聞きながら酒を飲むことがあります。
今年はそこに、もう一つの秋の音が加わりました。
カキPの鳴き声です。
ほんの短い間でしたが、カキPは我が家に確かに存在しました。
ダージリンでもテキーラでもなく、柿でも牡蠣でもない。
最後まで「カキP」という、少し不思議な名前のヒヨコでした。
今思えば、カキPは主役になろうとしていたわけでもなく、ましてや私の酒のアテになろうとしていたわけでもありません。
ただ、生まれて、そこにいて、懸命に生きていた。
そして私たちに、秋の気配を知らせてくれた。
カキPは、秋の訪れを告げる静かな鳥でした。



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