豚太郎の話を書いていると、どうしても思い出すものがある。
それはラーメンよりも先に目に入っていた、あの赤いネオンである。
夜道を走っていると、遠くからぼんやりと浮かび上がる赤い菱形。
文字がゆっくりと消え、また浮かび上がる。
派手な演出ではない。
それなのに、なぜか視線だけは吸い寄せられてしまう。
子どもの頃の私は、その理由を考えたこともなかった。
ただ、「豚太郎がある」と思えば、それだけで少し嬉しかったのである。
最近、アニマルプラネットでアフリカの蟻塚を紹介する番組を見た。
夜になると、巨大な蟻塚が淡い緑色に光り始める。
最初は蟻が光っているのかと思ったが、そうではなかった。
蟻塚の表面には発光する幼虫が潜み、その光でカゲロウの仲間などを誘い寄せて捕らえるのだという。
幻想的でありながら、巧妙な自然の仕組みだった。
その映像を見ながら、私はふと豚太郎のネオンを思い出した。
もちろん、ラーメン屋が獲物を捕まえるために光っていたわけではない。
それでも、子どもの私にとっては、あの赤いネオンには理屈では説明できない引力があった。
夜道の向こうに見える赤い灯り。
「あそこに行ってみたい。」
そんな気持ちが、いつの間にか足を向けさせていたのである。
今になって思えば、人は光そのものに惹かれるのではないのかもしれない。
その光の向こうにある風景に惹かれているのだ。
店の暖簾。
湯気の立つ厨房。
店員の声。
家族との食事。
そうした記憶が、赤いネオンと一緒に心へ残っている。
だから今でも、赤い灯りを見ると、豚太郎を思い出す。
あの蟻塚に集まる虫たちは、生きるために光へ向かう。
一方で、幼かった私は、町中華のネオンに向かって歩いていた。
少し大げさかもしれないが、あの頃の私は一匹のカゲロウのようなものだったのかもしれない。
光に誘われ、その先でラーメンを食べ、人と出会い、また家へ帰る。
振り返ってみると、私が惹かれていたのはネオンではない。
あの赤い灯りの向こうに広がる、町の風景そのものだったのである。



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