しまなみ海道は橋を渡る旅ではない ― 島の風土と焙烙焼きが教えてくれるもの

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瀬戸内海に浮かぶ島々を橋で結ぶ「しまなみ海道」。

多くの人は、美しい景色や日本屈指のサイクリングロードを思い浮かべるでしょう。しかし、この道の本当の魅力は、海の上を走ることだけではありません。

橋が架かる以前、それぞれの島は船でしか行き来できない独立した生活圏でした。

海に囲まれた島では、漁業を中心とした暮らしが営まれ、島ごとに異なる文化や風習、そして食文化が育まれてきました。

しまなみ海道では、その小さな島々を自転車というゆっくりとした速度で巡ることができます。

車では見過ごしてしまう港町の風景、石垣の路地、漁港に干された網、昔ながらの商店……。

そんな何気ない景色の中に、それぞれの島が歩んできた歴史と暮らしが静かに息づいています。

だから私は、しまなみ海道を旅するなら、まずは名物料理を探すよりも、この土地の風土そのものを味わってほしいと思います。

その土地を知ったあとに味わう料理は、きっと違ったものに感じられるからです。


島の暮らしが生んだ「焙烙焼き」

今治を代表する郷土料理の一つが「焙烙(ほうらく)焼き」です。

浅く広い焙烙に熱した小石を敷き、その余熱で鯛やエビ、サザエなど瀬戸内の新鮮な魚介を蒸し焼きにする豪快な料理です。

余計な味付けをしなくても美味しいのは、瀬戸内の海が育てた魚介そのものに力があるからでしょう。

村上水軍が戦勝を祝う席で食べたという言い伝えもありますが、それ以上に、この料理は海とともに暮らしてきた人々の知恵が生み出した料理なのだと感じます。


料理を支えてきた「焙烙」という器

焙烙焼きの名前の由来にもなっている「焙烙」は、浅く広い土製の器です。

この器は魚介を蒸すためだけではなく、お茶の葉を煎ったり燻したりする道具としても使われていたといわれています。

以前、陶芸教室で話を伺った際、この焙烙には瓦づくりにも使われる粘土が用いられていたことを教えていただきました。

暮らしの中から生まれた道具だからこそ、料理にも自然と溶け込んでいったのでしょう。

しかし現在では、昔ながらの土製の焙烙を目にする機会は少なくなりました。

扱いやすい金属製の器が普及し、本来の焙烙は貴重な存在となりつつあります。

料理は今も受け継がれています。

けれど、それを支えてきた器や道具は、少しずつ私たちの暮らしから姿を消しています。

便利になることは決して悪いことではありません。

それでも、一つの器がなくなるということは、その器とともにあった暮らしの風景もまた、静かに遠ざかっていくのかもしれません。


料理は土地の記憶

今治には、焙烙焼きだけでなく、シャコを醤油で煮て、その煮汁まで大切に使い切る郷土料理も残っています。

限られた海の恵みを無駄なく生かす知恵には、この土地で生きてきた人々の暮らしがそのまま映し出されています。

郷土料理は、単なる名物ではありません。

その土地の風土があり、人が暮らし、道具が受け継がれてきたからこそ、今日まで残ってきた文化です。

しまなみ海道を旅するなら、ぜひ橋を渡るだけで終わらせず、島に流れる時間や人々の暮らしにも目を向けてみてください。

その風土を感じたあとに味わう焙烙焼きやシャコの醤油煮は、きっと単なる郷土料理ではなく、瀬戸内という土地が育んできた「記憶の味」として心に残るはずです。

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