リングを降りれば、ただの人――殺人医師スティーブ・ウィリアムスの意外な一面

人の記憶

先ほど、録画していた『ケンコバのほろ酔いビジホ泊』を流し見していたところ、東京都の押上地区を訪れる回で、プロレスTシャツにまつわる話が出てきた。

そこで名前が挙がったのが、かつて全日本プロレスなどで活躍したスティーブ・ウィリアムス選手である。

ウィリアムスといえば、何といってもバックドロップだ。

相手を後方へ投げ飛ばす技自体は、プロレスでは珍しいものではない。しかし、彼のバックドロップは別格だった。相手を高く持ち上げ、急角度でマットへ叩きつける。見る側まで背筋が寒くなるような迫力があり、「殺人バックドロップ」と呼びたくなるのも無理はない。

YouTubeでプロレスの危険な技を集めた動画を見ていると、全日本プロレス時代の小橋建太選手が、この強烈なバックドロップを受ける場面が出てくる。

首からマットに突き刺さるように見えるその光景は、今見ても恐ろしい。もちろん、映像だけで実際の負傷状況までは分からないが、技の威力を観客に印象づけるには十分すぎる場面だった。

ところが、私の記憶に残っているウィリアムスの姿は、こうした恐ろしい技だけではない。

猪木との試合で見せた、意外な一面

今から20年ほど前、YouTubeで昔のプロレス映像を見ていたときのことだ。

当時の私が暮らしていた地域では、テレビの放送枠の関係で、見たいプロレス中継をなかなか見ることができなかった。リアルタイムでは見られなかった試合も、後年になって動画で楽しめるようになったのだから、便利な時代になったものである。

そのときに見た映像の一つが、アントニオ猪木との試合だった。

記憶では、ウィリアムスが猪木をボディスラムで叩きつけ、そのままフォールに入る場面だったと思う。

ところが、猪木の反応がない。

試合の流れとしては、技を受けた猪木が何らかの反応を返す場面だったのかもしれない。しかし、予定していたように動かないように見えたためか、ウィリアムスが慌てて猪木を抱き起こすような動きを見せた。

映像を見ていた私は、思わず「おいおい、大丈夫なのか」と感じたものだ。

もちろん、実際に猪木が脳振盪を起こしていたのか、ウィリアムスが何を考えていたのかまでは分からない。あくまで、私が映像から受け取った印象である。

それでも、あの場面は記憶に残っている。

普段は相手を容赦なくマットへ叩きつける、あの大柄で恐ろしいレスラーが、相手の様子がおかしいと感じた瞬間には、試合の勝敗どころではなくなったように見えたからだ。

リングの上と外では、見えるものが違う

プロレスラーは、リング上では観客を熱狂させる存在である。

豪快な技を繰り出し、相手を圧倒し、ときには恐ろしいほどの強さを見せる。ウィリアムスも、そうした強烈な個性を持った選手の一人だった。

しかし、リングを降りれば、そこにいるのは一人の人間である。

大柄な体格も、鍛え上げた身体も、リング上では相手を圧倒するための大きな武器になる。だが、日常生活に戻れば、それだけで特別な存在になるわけではない。

そして、どれほど恐ろしいレスラーであっても、目の前で相手に異変が起きれば心配することはあるだろう。

先ほどの映像でウィリアムスが見せた動きが、まさにそうした反応だったのかは断定できない。それでも、私にはリング上の姿とは違う、人間らしい一面が垣間見えたように感じられた。

プロレスは、技の威力や選手の強さを見せる世界だ。しかし、その迫力を成立させるためには、相手と技を受け渡す関係も必要になる。

相手を信頼して技を受け、試合を作り上げていく。リング上では敵同士でも、試合が終われば同じ仕事に携わる仲間でもある。

そう考えると、プロレスラーの強さは、単に相手を倒す能力だけでは測れないのかもしれない。

強さの向こう側にある、人間らしさ

私は、ウィリアムスの私生活や素顔を詳しく知っているわけではない。だから、あの映像だけを根拠に「本当は優しい人だった」と決めつけるつもりもない。

ただ、リング上で見せる恐ろしい姿と、相手の異変に反応したように見えた姿。その落差が、私の記憶に残ったのは確かである。

人間は、強さや恐ろしさだけで他人を記憶するわけではない。

普段のイメージとは違う一面を見たとき、そこに意外性を感じる。そして、その意外性が、長い時間を経ても忘れられない記憶になることがある。

プロレスラーに限った話ではないだろう。仕事場では厳しい人が、意外なところで気遣いを見せることもある。反対に、普段は穏やかな人が、いざという場面で驚くほどの強さを発揮することもある。

人間というものは、一つの顔だけでは語り尽くせない。

ウィリアムスのバックドロップを見れば、その技の恐ろしさが記憶に残る。しかし、猪木との試合で見た、相手を慌てて抱き起こすような動きもまた、私の記憶から消えずにいる。

リング上の「殺人医師」と、相手を気遣ったように見えた一人のレスラー。

どちらも、私が映像を通じて見たスティーブ・ウィリアムスの姿である。

リングの上では恐ろしい強さを見せる男も、リングを降りれば、私たちと同じ一人の人間なのだ。

そんな当たり前のことを、昔のプロレス映像が改めて思い出させてくれた。


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