旅チャンネルの『麺鉄』台湾編を流し見していると、屋台で鰆の唐揚げが紹介されていた。
黄金色に揚がった鰆を頬張る人々の姿を見ながら、私は以前調べた「鰆の姫年貢」という風習を思い出した。
同じ鰆でありながら、こちらでは少し違った役割を持っていたからである。
鰆は春の魚として知られている。
名前にも「春」の文字が使われており、地域によっては「春鯛」と呼ばれることもある。
鯛ほど格式張った存在ではないものの、春の訪れを告げる縁起の良い魚として親しまれてきた。
そのため祝い事や人が集まる席にも用いられることが多かったようだ。
もっとも、鰆は身が柔らかい。
刺身として食べる地域もあるが、扱いが難しく、焼く、煮る、揚げるといった調理法が一般的だった。
台湾の屋台で鰆の唐揚げが親しまれているのも、そうした魚の性質と無関係ではないのだろう。
一方、私が興味を持ったのは「姫年貢」と呼ばれる風習だった。
嫁いだ娘が実家へ里帰りする際、姑が丸ごとの鰆を持たせる。
実家ではその鰆を調理し、親族で分け合う。
そして、その一部を再び嫁ぎ先へ持ち帰る。
現代の感覚からすると少し不思議な話に聞こえる。
なぜわざわざ魚を一匹持たせる必要があったのだろうか。
しかし考えてみれば、そこには魚以上の意味があったのかもしれない。
嫁ぎ先から実家へ。
実家から親族へ。
そして再び嫁ぎ先へ。
鰆は人から人へと渡りながら、両家の関係を結び続ける役割を果たしていた。
単なる食材ではなく、人間関係を運ぶための媒介でもあったのである。
現代ではこうした風習をほとんど見かけなくなった。
流通網が発達し、魚は市場やスーパーで手軽に購入できる。
宅配便を使えば全国どこへでも届けられる。
昔のように魚を抱えて移動する必要はない。
合理的に考えれば、その方が便利である。
しかし、その一方で失われたものもあるのかもしれない。
姫年貢が運んでいたのは魚だけではない。
実際に顔を合わせる時間。
近況を伝える機会。
親族同士の交流。
そうしたものも一緒に運んでいたように思える。
台湾の屋台では、鰆は唐揚げとして人々の空腹を満たしている。
瀬戸内では、かつて人と人との関係をつなぐ役割を担っていた。
同じ魚でありながら、その土地によって意味は大きく異なる。
食文化とは単なる料理の違いではない。
その土地で暮らしてきた人々の関係性や価値観までも映し出している。
旅番組の一場面から思い出した鰆の話は、魚そのものよりも、むしろ人と人とのつながりについて考えさせられるものだった。


コメント