山あいの町を離れ、中予で暮らし始めて数年が過ぎた頃のことです。
仕事帰りの夜道を走っていると、見慣れた赤いネオンが目に飛び込んできました。
「ラーメン」
その文字を見た瞬間、体が勝手に反応しました。
「えっ、こんな所にも豚太郎があったのか。」
そう思って車をUターンさせ、そのまま店へ入りました。
空腹も手伝い、何の疑いもありませんでした。
🍜 いつもの注文、でも何か違う
私は塩ラーメンと餃子。
相方は焼き飯と餃子。
いつもの組み合わせです。
ところが、一口食べた瞬間から、どこか違和感がありました。
麺は少し柔らかく、私が慣れ親しんだ食感とは違う。
餃子も焼き飯も、決してまずいわけではありません。
ただ、頭の中にある「あの味」と一致しないのです。
それでも二人とも黙って食べ続けました。
🤔 違和感の正体
店を出て、改めて赤いネオンを見上げると、そこには大きく書かれていました。
「豚次郎」
「あっ……豚太郎じゃなかったのか。」
ようやく、すべてがつながりました。
違っていたのは味ではありません。
最初から、私の思い込みだったのです。
🌙 人は味より先に、記憶を食べている
あの夜、私が求めていたのは、一杯のラーメンではありませんでした。
赤いネオンを見た瞬間、頭の中ではもう「豚太郎」が始まっていたのです。
だから、どんなラーメンが出てきても、記憶の中の味と比べてしまう。
考えてみれば、ずいぶん勝手な話です。
✍️ あとがき
あの夜は、ネオンに騙されたというより、自分の記憶に騙された夜だったのかもしれません。
人は案外、舌で味わう前に、目で味わい、記憶で食べています。
だから今でも、赤いネオンを見ると、少しだけあの夜のことを思い出します。
「また勘違いするなよ。」
そんなふうに、自分で自分に笑いかけながら。



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