子どもの頃、私はラーメンの味など分かっていなかった。
醤油だ、味噌だ、とんこつだと言われても違いはよく分からない。
それでも豚太郎のラーメンだけは好きだった。
理由は説明できない。
ただ、美味しかったのである。
「ミタス」という名前を知ったのは、ずっと後になってからだった。
知人が豚太郎でアルバイトをしていて、
「あの味にはミタスを使っているんですよ。」
と何気なく教えてくれた。
その時初めて、あのラーメンを支えていた調味料の名前を知った。
子どもの頃には、そんなことを考えたこともなかった。
さらに不思議なのは、その何年か後である。
私は夜勤の物流の仕事をするようになった。
毎晩、さまざまな食品や調味料の段ボール箱が流れてくる。
もちろん、うま味調味料も例外ではない。
「ミタス」だけではない。
メーカーの違う商品が流れてくる日もある。
素人の私には詳しいことは分からないが、成分も大きくは変わらないのだろうと思う。
それでも、箱に「ミタス」と書かれているのを見ると、不思議と気持ちが動く。
「今日も豚太郎は頑張っているんだな。」
そう思ってしまうのである。
店を見たわけではない。
ラーメンを食べたわけでもない。
ただ、物流センターを流れていく一つの段ボール箱を見ただけである。
それなのに、頭の中には赤いネオンが浮かび、湯気の立つ厨房が思い出される。
考えてみれば、人は味だけを覚えているわけではない。
店の明かり。
店員の声。
友人との会話。
子どもの頃の家族との食事。
そうした記憶が積み重なって、一杯のラーメンになる。
だから私が懐かしんでいるのは、「ミタス」という調味料ではないのかもしれない。
その調味料が運ばれ、誰かがラーメンを作り、誰かが食べていた、そんな町の風景そのものなのだろう。
今でも夜勤中に「ミタス」の箱が流れてくることがある。
私はその箱を見ながら、心の中でそっとつぶやく。
「今日も頑張ってるな。」
誰に向けた言葉なのか、自分でもよく分からない。
豚太郎なのか。
働いている人たちなのか。
それとも、あの頃の自分自身なのか。



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