観察記

観察記

映える猫と、山の静寂

― 可愛いと責任のあいだで ―指先で画面をなぞれば、猫がいる。丸い瞳、やわらかな毛並み、少し不機嫌そうな顔。SNSが広がったいま、猫はかつてないほど身近になった。映える一枚は、ほんの数秒で遠くまで届く。けれど、その数秒の向こうにある時間は、...
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春画とは何か?江戸時代のSNSだったのか―艶と笑い、そして人間の変わらなさ

先日、春画を扱った映画を観る機会があった。春画先生のように、知識人たちが静かな空間で春画を鑑賞する場面がある。そこで感じたのは、奇妙な違和感だった。布で口元を押さえながら、どこか神妙な顔で絵を見つめている。しかし、描かれているものはどう見て...
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破滅は呆気ない。生き延びるほうが難しい。

——映画『ヒート』を流し見しながら考えたこと夜、映画『ヒート』を流し見していた。デ・ニーロ演じる昔堅気の銀行強盗と、アル・パチーノ演じる執念深い刑事の攻防。仕事は一流だが、私生活は崩壊している男たち。よくある構図と言えば、そうかもしれない。...
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雪道と白足袋

今日は父が仕事休みのため、下の階が占領されている。テレビは最大音量。掃除機は遠慮なく振り回される。猫にとっては、なかなか厄介な存在である。素面でも、どこか酔客のように絡まれるのだから、なおさらだ。猫たちは早々に静かな場所を察知し、二階へ避難...
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胸に座る記憶

昔、霊体験を扱った本を読んだことがある。そこには、背筋が凍るような怪異よりも、ただ“残っているもの”の話が多かった。家には記憶が染みるという。柱の擦れ、畳の沈み、建具の重さ。誰かがそこにいた時間が、形を変えて残る。古い家を改装した宿では、夜...
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九尾とお稲荷の二面性

春の陽気が少しずつ町を満たす頃、今年も五穀豊穣を願ってお稲荷さんに手を合わせた。良い米が実りますように――そんな思いを胸に、私は九尾とともにこたつで過ごす。春の祭りは、狐を豊穣の象徴として掲げる。境内では熊手が振られ、人々は福を求めて列を作...
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歩く塔に猫は集う

1階の同居人は猫用のタワーをよく作る。だが実際に猫に飛び乗られているのは、そのタワーではない。本人である。普段、彼はいつでも半纏を着込んで歩いている。その厚みと摩擦がちょうど良いのだろう。猫たちは布を伝い、遠慮なく這い上がる。いわば、歩く塔...
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今年の椿祭りの様子と景観

祭りの雰囲気今年の椿祭り(2月23日~25日)は、かつてのような「神頼み」の熱気がやや薄れた印象です。境内では縁起物を手に取り祈る人の姿は少なく、祭りの祈りの色合いよりも、観光や見物としての要素が強くなっています。平日の参加層今年の椿祭り(...
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「九尾マーケティング」

椿まつりでは、九尾の狐の尾があるらしい。千年生きた狐の尾。ご利益、商売繁盛、縁起良し。そして露店の価格は例年よりやや上昇。福もインフレに追随する。神秘は保存され、価格は更新される。合理的である。私はこたつにいる。我が家には九本の尾がある。保...
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夜道、すき家、コンビニ――親父に振り回される夜

親父が免許証をどこかに置き忘れたらしく、勝手に「探してくれ」と電話をかけてきた。家中を探し回り、ようやくバッグの中から発見。それを届ける役目を押し付けられることに。同居人が夜道を運転するのが心細いというので、私は助手席でおまけのように横に座...