ある晩のことだった。
父は何も言わず、車を豚太郎の駐車場へ滑り込ませた。
エンジンをかけたまま、ダッシュボードから千円札を数枚取り出すと、兄と私に手渡した。
「お前らだけで食べてこい。」
それだけだった。
理由も説明もない。
私たちは顔を見合わせながら車を降り、店の暖簾をくぐった。
子どもだけで町中華へ入る。
今では珍しいことではないのかもしれないが、当時の私には少し勇気がいる出来事だった。
店の人は一瞬だけ不思議そうな顔をした。
それでも何も聞かず、水とメニューを運んできてくれる。
私たちはぎこちなく注文し、料理が運ばれてくるのを待った。
湯気の立つラーメン。
焼きたての餃子。
いつも見慣れた景色のはずなのに、その夜だけは少し違って見えた。
自分で注文し、自分で食べ、自分で会計を済ませる。
たったそれだけのことが、子どもには思いのほか大きな出来事だった。
店を出ると、父は何も聞かなかった。
「美味かったか。」
そんな一言さえない。
ただ、「乗れ」とだけ言って車を走らせた。
帰り道も、車内にはエンジン音だけが響いていた。
大人になった今なら思う。
あれは父なりの「ひとり立ちの儀式」だったのかもしれない。
子どもは、いつか親の手を離れて生きていく。
だからこそ、小さなことでも自分でやってみる。
父はそれを言葉ではなく、一杯のラーメンで教えようとしたのだろう。
あの夜に覚えたのは、ラーメンの味だけではない。
少しだけ大人へ近づいたという、不思議な感覚だった。
もっとも――。
人生最初の「社会への第一歩」が、豚太郎だったというのはいかにも我が家らしい。
神社でもない。
卒業式でもない。
町中華のラーメン一杯。
我が家では、大人への入口にも、ほんの少しだけミタスの香りが漂っていたのである。



コメント