高校生の頃、一時期、家へ帰りたくない日が続いた。
理由は、幼なじみだった。
ある日帰宅すると、玄関先に見慣れた顔がいた。
「原付の免許を取りに来たんだけど、泊まるところがなくてさ。」
母に相談したところ、「泊まればいい」と言われたらしい。
私には何の相談もなかった。
気がつけば、家に知らない生活が始まっていた。
彼とは昔から気が合わなかった。
努力が嫌いというわけではない。
ただ、困ると誰かが助けてくれると思っているようなところがあった。
原付の免許も、なかなか合格しない。
それでも深刻そうな顔はしない。
何日も我が家から試験場へ通っていた。
若かった私は、その図太さを受け入れられなかった。
それからというもの、家へ帰る足が遠のいた。
授業が終わると、そのまま町を歩く。
本屋へ寄ったり、公園で時間をつぶしたり。
特に目的があるわけではない。
ただ、帰りたくなかったのである。
思春期というのは、ほんの小さな出来事でも、自分の居場所がなくなったように感じる年頃なのだ。
ある日、家族が言った。
「今日は豚太郎へ行こう。」
幼なじみも一緒だった。
私は断った。
ラーメンが嫌いになったわけではない。
ただ、その場にいたくなかった。
結局その日も、一人で町を歩いていた。
だから私にとって豚太郎には、少し複雑な記憶がある。
美味しかった思い出だけではない。
帰りたくなかった夜。
一人で歩いた町。
そんな風景まで一緒に思い出してしまう。
食べ物の記憶というのは、不思議なものである。
味だけを覚えているのではない。
その時、自分がどんな気持ちで食べていたのかまで、一緒に残っている。
今では、その幼なじみとも笑って昔話ができる。
あの頃は大事件だった出来事も、時間が経てば少しずつ角が取れていく。
それでも、豚太郎の赤いネオンを見るたびに、あの夜、一人で歩いた町の景色を思い出す。
ラーメンの味より先に、青春の少し塩辛い記憶が浮かんでくるのである。



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