同居人が「チャボを飼いたい」と言い出してからというもの、わが家は少しずつニワトリ中心に回り始めました。
最初は反対していた親父も、「どうせ無理だろう」と思っていた私も、気が付けば計画の歯車に組み込まれています。
有精卵はこたつの中で温められ、その表面には「1」と「2」の数字が書かれていました。
一定時間ごとに裏返すための目印です。
同居人が留守にすると、親父が卵をひっくり返しています。
そして、いつの間にか私まで反転係に任命されていました。
正式に了承した覚えはありません。
それでも、この家では「頼んだぞ。」の一言で役職が決まります。
ヒヨコの餌まで用意されているところを見ると、同居人の中では孵化はすでに決定事項なのでしょう。
失敗という選択肢は、最初から存在していないようです。
さらに驚いたのは命名でした。
茶色い羽になる種類だから、お茶の名前を付けると言うのです。
ダージリン。
アッサム。
ニルギリ。
優雅な紅茶の香りが漂いそうな名前ですが、私の頭に浮かんだのはティーカップではありません。
インド映画でした。
十羽のニワトリが庭を駆け回り、一羽が「コケコッコー!」と高らかに鳴けば、残り九羽が負けじと応戦する。
そのまま全員で大合唱が始まり、最後はボリウッド映画さながらに踊り出す。
しかも、ボリウッドですからヒロイン役も必要です。
少なくとも一羽はメスが生まれてくれないと物語として成立しません。
もっとも、その上映開始時刻が毎朝午前五時となれば、私は観客になることを丁重に辞退したいところです。
この映画には、一つだけ大きな脚本ミスがあります。
舞台は山奥の農村ではありません。
閑静な住宅街です。
毎朝の上映会に近所の方々まで付き合わされるとなれば、拍手喝采より先に苦情が届く可能性の方が高いでしょう。
そんな私の助言を聞いた同居人は、
「そんなもの、やってみないと分かるものか!」
と、さらに闘志を燃やしました。
その足でAIに相談を始め、「ねえ、ちょっと聞いてくれる?」と言わんばかりに育雛の知識を集めてきたようです。
どうやら私とChatGPTは、「冷たい奴ら」という悪役に認定されたらしく、同居人の頭の中では完全に敵役です。
しかし、反対していた親父は今日も卵を裏返し、私も反転係として働いています。
この家では、「反対」と「協力」の境界線は驚くほど曖昧です。
もっとも、私に与えられた役目がもう一つあります。
それは命名係です。
ただし、私に任せれば、焼き鳥屋の品書きのような名前ばかり思い浮かぶので、その権限だけは与えない方が賢明でしょう。
そんなことを考えているうちに、ふとニワトリの寿命を調べてみました。
七年から十年ほど生きるそうです。
思っていたより、ずっと長い時間です。
命を迎えるということは、その時間を共に歩くということでもあります。
世話をするのはニワトリだけではありません。
私たちもまた、その年月の分だけ年を重ねていきます。
だからこそ、このチャボ計画が単なる思いつきで終わらず、最後まで責任を持って育てられることを願っています。
もっとも、そんなことを考えている私の横で、同居人はすでに次の計画を思い描いているのでしょう。
この家では、思いつきが現実になるまでの時間が、あまりにも短すぎるのです。
さて、あと十日ほどすれば、小さな命が殻を破るかもしれません。
そのとき最初に驚くのが私なのか、猫たちなのか、それとも近所の皆さんなのか。
それはまだ、誰にも分かりません。
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名前は決まり始めました。
しかし、肝心の主役たちは、まだ殻の中です。
その小さな命を迎えるため、同居人の「チャボ計画」はさらに本格化していきます。
卵を裏返す回数、湿度の管理、そして家族総出の反転作業──。
気が付けば、私はただの見物人ではいられなくなっていました。
次回は、静かな卵の周りで静かに進行していた、もう一つの騒動をお届けします。



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