祭りを見ていると、不思議な光景に出会うことがある。
同じ踊りのはずなのに、チームごとに雰囲気が全く違うのだ。
衣装。
掛け声。
音楽。
動き。
それぞれに個性がある。
高知のよさこい祭りや、松山の野球拳踊りなどでは、「連(れん)」と呼ばれる単位で参加することが多い。
最初の頃、私はこの「連」というものを、
「踊りのグループ」
くらいにしか思っていなかった。
しかし祭りの裏側を調べているうちに、少し見え方が変わってきた。
あれは単なるグループではない。
むしろ、小さな実行委員会のようなものなのではないかと思うようになったのである。
「連」は踊るだけでは終わらない
観客から見えるのは、当日の華やかなパフォーマンスだ。
しかし実際には、その前段階でかなり多くの準備が行われている。
例えば企業連なら、
- 参加者集め
- 練習日程調整
- 衣装準備
- 音楽制作
- 移動管理
- 熱中症対策
- 広報
などを行わなければならない。
学生連や地域団体でも同じだ。
人数が増えれば増えるほど、まとめ役の負担は大きくなる。
つまり「連」というのは、
単なる踊りの集団ではなく、
「小さな組織」
なのである。
企業も祭りを運営している
特に面白いのは、企業そのものが連を作るケースだ。
地元企業の社員たちが踊りに参加し、独自の演出を行う。
観客から見れば華やかな地域参加に見える。
しかし実際には、
- 練習場所確保
- 仕事との両立
- 予算
- 衣装費
- 当日の人員管理
など、多くの調整が必要になる。
つまり企業側も、祭りの一部を「運営している」状態になるのである。
しかもこれは単なる趣味ではない。
- 地域交流
- 企業PR
- 社内の一体感
など、さまざまな目的も含まれている。
祭りとは単なるイベントではなく、地域社会のネットワークでもあるのだと思う。
祭りの中に、さらに小さな祭りがある
地域全体の祭りには大きな実行委員会が存在する。
しかし、その内部にはさらに多くの「小さな運営」が存在している。
例えば、
- 企業連
- 学生連
- 商店街連
- 地域団体連
など、それぞれが独自に動いている。
つまり祭りとは、
一つの巨大な組織ではなく、
「小さな組織の集合体」
でもある。
これは少し社会そのものに似ている。
踊りの裏にある「管理」
祭りを見ていると、どうしても華やかな部分へ目が向く。
揃った踊り。
派手な衣装。
音楽。
歓声。
しかし、その裏ではかなり地味な作業が続いている。
- 遅刻者確認
- 飲み物管理
- 集合場所
- ルート確認
- ケガ対応
- 子供の安全確認
など。
人数が多いほど、混乱も起こりやすい。
つまり「連」の運営側は、
楽しみながらも、同時にかなり神経を使っているのである。
祭りは一晩だけ現れる街
最近、夜市や祭りを見ていると、
「これは一晩だけ現れる街なのではないか」
と思うことがある。
屋台が並び、人が集まり、音が鳴る。
そこには、
- 飲食
- 人の流れ
- ゴミ
- 治安
- 電源
- 交通
など、小さな社会に必要なものが揃っている。
そして「連」は、その中で動く小さな組織の一つなのだ。
なぜそこまでして祭りに参加するのか
正直に言えば、かなり大変そうである。
練習もある。
準備もある。
お金も時間もかかる。
それでも毎年、多くの人が祭りへ参加する。
なぜなのだろうか。
おそらくそこには、
「日常とは違う時間を作る」
という感覚があるのだと思う。
会社員。
学生。
商店街の人。
普段は別々に生活している人間が、一つの踊りを作り上げる。
祭りの間だけ、別の共同体が生まれるのである。
「連」を見る目が変わった
以前の私は、祭りの踊りをただ眺めていただけだった。
しかし最近は少し違う。
揃った踊りを見ると、
「これだけ人数がいたら、練習も大変だっただろうな」
と思う。
衣装を見ると、
「予算管理はどうしていたのだろう」
と考える。
つまり私は、踊りそのものだけではなく、
その裏側の構造を見るようになってしまったのである。
祭りというのは、ただ盛り上がるだけのイベントではない。
多くの小さな組織が集まり、役割を分担し、一晩だけ巨大な非日常を作り出している。
そう考えると、「連」という存在もまた、小さな実行委員会なのかもしれない。



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