現場仕事の前には、缶コーヒーを片手に他愛もない話をする時間があります。
「昨日は暑かった。」 「猫がまた悪さをした。」 「昔の車は狭かった。」 「そういや映画でさ……。」
仕事とは関係ない話ばかりです。でも、私のブログ『異民の苦楽詩』は、たいていそこから始まります。
雑談をしていると、不思議なことに昔の記憶が勝手に出てきます。
そういえば昔、苦学生だった頃に住んでいた長屋の近くに、小さな劇団小屋がありました。名前は「無限蒸気社」。
倉庫をそのまま芝居小屋にしたような場所で、床にはむしろが敷いてあるだけ。客席も立派とは言えません。でも、一度だけ見に行った芝居は、粗削りなのに妙にひたむきでした。
当時の私も貧乏学生。名前も知られていない小さな劇団なのに、「なんだか分かるなあ」と勝手に共感していました。
別に感動話でもありません。ただ、なぜか記憶に残っている出来事です。
そう考えているうちに、今度は初期のイッセー尾形さんの一人芝居を思い出しました。現場で働く人や、どこにでもいそうな人間を、一人で演じていた芝居です。
「ああ、自分は昔からこういうものが好きだったのか。」
そんなことまで思い出してしまいました。
こういうことが、このブログではよく起こります。
最初は現場の雑談だったはずなのに、「そういや昔……」が始まる。気づけば別の話になっていて、それが一つの記事になります。
だから『異民の苦楽詩』は、計画的に記事が増えているわけではありません。
雑談をして、記憶が引っ張り出されて、また記事が一つ増える。
たぶん、これからも同じでしょう。
現場の休憩時間みたいに話していたら、また何か思い出すはずです。
まあ、今日もそんな雑談から一つ記事が増えました。
何の話だったんでしょうね。
次の記事
この記事を書いていて、ふと思い出したのが、昔の現場や町で出会った人たちのことでした。立派な肩書きもないけれど、なぜか記憶に残っている人間は案外多いものです。そんな「名もない人たち」の姿を追っていくと、また別の記憶が顔を出してきます。



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