経済発展の真っただ中にありながら、自分の歩幅を崩さず、慌てることなく今日を生きる野良牛たち。その姿に、私は「こういう生き方も悪くない」と心を動かされました。
いつか自分の足でインドを訪れ、その風景をこの目で見てみたい。
そんな願いを胸に抱きながら、今は日本の片隅で、家族や猫たち、そして日常の中で起こる少し風変わりな出来事を記録しています。
この「チャボ計画」も、その一つです。
同居人の「チャボを飼いたい」という一言から始まった出来事は、レンガでかさ上げされたちゃぶ台、家族総出の卵の反転作業、命名会議、そして庭づくりへと、思いもよらない方向へ広がっていきました。
私はその渦中にいる当事者でありながら、どこか少し離れた場所から、その騒動を眺めています。
野良牛が道行く人々を静かに見つめるように。
この連載は、チャボの成長記録であると同時に、思いつきを現実へ変えてしまう同居人と、それに巻き込まれていく家族の日常を綴った観察記でもあります。
笑いながら読んでいただければ幸いです。
そして、いつの日か本場インドで野良牛と出会えたなら、この日誌には新しい一ページが加わることでしょう。
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野良牛に惹かれる理由は、その姿だけではありません。
誰にも急かされず、自分の歩幅で生きる姿を眺めていると、「速く進むこと」だけが価値ではないように思えてきます。
私たちは何かを足すことばかり考えがちですが、ときには何も持たないこと、何も加えないことが、新しい発想を生むこともあります。
私が「偉大な発明は0」という記事を書いたのも、そんな思いからでした。
野良牛が教えてくれるのは、ゆっくり歩くことだけではありません。
立ち止まり、余白を持つことの大切さでもあるのです。



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