チャンネルNECOで『旧車探して地元めし』を流し見している。
画面には、今ではなかなか見ることのできない小さな旧車が次々と登場する。
流線型のボディを持ったヨタハチを見れば、
「美しいな」
と思う。
しかし、その車内に大人二人が収まっている姿を見ると、すぐに別の感想が出てくる。
「……狭いな」
旧車というものは、外から眺めているぶんには実に格好いい。
ところが実際に乗るとなると、マニュアルミッション、ノンパワーステアリング、狭い車内。
現代の車に慣れた人間からすると、なかなかの覚悟が必要になる。
そんな旧車を眺めているうちに、私は昔のことを思い出した。
昔、親父が小さなオレンジ色の車を所有していた時期があった。
車種は、もう分からない。
覚えているのは、オレンジ色だったこと。
そして、とにかく小さな車だったこと。
私はその車の後部座席に乗るのが定番だった。
理由は簡単だった。
私は車に酔いやすかったからだ。
他の連中は助手席に乗せてもらうことがあった。
助手席なら前方が見える。
後部座席より少し広く感じる。
ところが私は、車酔いするという理由で後ろへ回された。
親父からすれば、子供を少しでも酔わせないための配慮だったのだろう。
しかし子供の私からすると、
「なぜ俺だけ後ろなんだ」
という不満もあった。
しかも当時の街道は、今ほど整備されていなかった。
舗装されていても、現在の道路ほど滑らかではない。
カーブも多い。
車体は小さい。
そして親父は、そんな道を何事もなかったかのように走っていく。
私は後部座席で揺られている。
車が揺れる。
身体が揺れる。
胃袋まで揺れる。
親父は平然としている。
私は次第に気分が悪くなる。
それでも、ドライブの途中には楽しみもあった。
ソフトクリームである。
親父に買ってもらったソフトクリームを手にして、後部座席に座る。
本来なら、子供にとっては嬉しい時間だったはずだ。
ところが、その小さな車で曲がりくねった街道を走る。
身体が揺れる。
ソフトクリームも揺れる。
そして私の気分は、どんどん沈んでいく。
楽しいはずのドライブが、いつの間にか修行のようになっていた。
そこで私は、子供らしいというか、実にくだらない行動に出た。
腹いせに、親父の運転席の後部へソフトクリームをなでつけたのである。
今思えば、完全な八つ当たりだ。
車酔いと、運転席の後ろにソフトクリームを塗りつけることに、何の因果関係があったのか。
そんなことは子供の私には関係なかった。
「俺をこんな道に連れてきた報いだ」
くらいの気持ちはあったのかもしれない。
親父からすれば、車酔いする子供を連れてドライブしていたら、いつの間にか車内をソフトクリームで汚されていたわけだから、たまったものではない。
それでも、今となっては笑ってしまう。
あの小さなオレンジ色の車が、その後どうなったのかは分からない。
誰かに譲られたのか。
廃車になったのか。
どこか別の土地で、もう一度誰かを乗せたのか。
私には知る術がない。
ただ、その車がなくなってから何十年も経った今でも、後部座席の感覚だけは残っている。
小さな車内。
曲がりくねった街道。
揺れる身体。
親父の背中。
そして、手の中にあったソフトクリーム。
不思議なものだ。
車の名前も覚えていない。
正確な年式も分からない。
どこを走っていたのかも、もうほとんど覚えていない。
それでも、あの狭い後部座席に座っていた感覚だけは残っている。
今回、旧車を眺めていて思った。
昔の車は、今よりずっと小さかった。
そして、道路も今ほど整備されていなかった。
車も人間も、今よりずっと不便な環境の中を走っていた。
けれど、その不便さの中には、今の私たちが失ってしまったものもあったのかもしれない。
車は単なる移動手段ではなく、家族が一緒に乗り込む小さな空間だった。
狭い後部座席で酔いながら、窓の外を眺める。
途中でソフトクリームを買ってもらう。
そして目的地へ向かう。
当時の私は、それを「ドライブ」と呼んでいた。
今ならもっと快適な車がある。
広い車内もある。
揺れの少ない道路もある。
車酔いを防ぐための装備もある。
それでも、昔のあの小さな車のことを思い出すと、なぜか少しだけ懐かしい。
もしかすると、人生というものも同じなのかもしれない。
その時には「どうしてこんな道を走るんだ」と思っていた道が、何十年も経ってから振り返ると、大切な記憶になっている。
まっすぐ目的地へ向かっていたつもりでも、道は曲がり、遠回りをする。
そして、忘れていたはずの景色が、ある日突然、古い車の映像をきっかけに戻ってくる。
あの頃の私は、車酔いと戦いながら後部座席に座っていた。
それも今となっては、私の人生に残った一つの**「まわりみち」**なのだろう。
……ただし。
もしあのオレンジ色の車にもう一度乗れるのなら、私は最初にこう言うと思う。
「親父、もう少し真っすぐ走ってくれ」
そして、ソフトクリームだけは自分の手元で最後まで食べ終えたい。
次の記事
古い車を眺めていると、懐かしいのは車そのものではなく、その車に乗っていた頃の自分だったことに気づかされる。
では、車以外の「昭和の道具」には、私たちのどんな記憶が残っているのだろう。
次は、そんな昭和の暮らしを別の角度から振り返ってみたい。



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