― 「練る」という文化を遊ぶ駄菓子 ―
私が「ねるねるねるね」と再会したのは、姪がまだ幼かった頃のことでした。
久しぶりに口にしたその味は、子どもの頃の記憶とは少し違います。
酸味の強いラムネの風味は、正直に言えば飲み過ぎた午後の胃酸を思わせるような刺激があり、「こんな味だっただろうか」と首をかしげたものです。
ところが、この駄菓子の魅力は味だけではありませんでした。
食べる前から始まるお菓子
「ねるねるねるね」は、完成した商品をそのまま食べるお菓子ではありません。
粉に水を加え、ゆっくりと練り上げる。
すると色が変わり、空気を含んでふんわりとした食感へ変化していきます。
最後にトッピングを加えれば、自分だけのお菓子が完成します。
ほんの数分の作業ですが、この「自分の手で作る」という体験こそが、この駄菓子の一番の魅力なのではないでしょうか。
「練る」という仕事
考えてみると、「練る」という作業は、私たちの暮らしの中に数多く存在しています。
蒲鉾やちくわなどの練り製品は、魚のすり身を丹念に練ることで、あの独特の弾力が生まれます。
パンやうどんも、生地をこねることで食感や風味が変わります。
さらに食品以外へ目を向けると、陶芸では土を練ることで空気を抜き、ひび割れを防ぎます。塗料や薬品も成分を均一に混ぜ合わせるために「練る」という工程が欠かせません。
どの世界にも共通しているのは、「混ぜること」が目的ではなく、素材が持つ力を十分に引き出すことです。
「練る」という一見地味な作業には、ものづくりの基本が詰まっているのです。
小さな実験室
子どもたちは説明書どおりに作るとは限りません。
水を少し多く入れてみたり、逆に減らしてみたり。
トッピングを先に混ぜる子もいれば、最後まで取っておく子もいます。
「こうしたら、どうなるだろう。」
そんな好奇心が、ごく自然に試行錯誤を生み出します。
私自身も思わず考えてしまいます。
麩菓子に塗ってみたらどうだろう。
マシュマロで包めば、新しい食感になるのではないか。
そんな発想を自由に楽しめるところも、この駄菓子の面白さです。
遊びの中にある、ものづくり
もちろん、「ねるねるねるね」は職人を育てるためのお菓子ではありません。
それでも、自分の手で材料を変化させ、完成までの過程を楽しむという体験は、日本のものづくりにも通じるものがあります。
完成品を受け取るだけではなく、自分の手を動かし、工夫し、変化を楽しむ。
その小さな積み重ねが、ものを作る楽しさを教えてくれているようにも思えるのです。
おわりに
子どもの頃は、ただ楽しく遊んでいただけのお菓子でした。
しかし、大人になって改めて向き合ってみると、「ねるねるねるね」は単なる駄菓子ではなく、「練る」という作業の面白さを体験できる、小さな実験室のような存在だったことに気づかされます。
私たちの暮らしは、「練る」という何気ない工程によって支えられています。
料理も、陶芸も、塗料も、薬品も、それぞれの素材が持つ力を引き出すためには、丁寧に練り上げる時間が欠かせません。
そう考えると、この駄菓子は遊びながら「ものづくりの入口」を教えてくれる、少し不思議な教材だったのかもしれません。
子どもの頃には気づかなかったことも、大人になって振り返ると、新しい景色が見えてくるものです。
「ねるねるねるね」には、そんな発見を楽しませてくれる魅力が、今も変わらず残っていました。



コメント