コタツから退去する猫と、残される人間

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気候も暖かくなり、次第にコタツの中に猫の姿が見えなくなってきた。

あれほどまでに占拠されていた空間が、まるで何事もなかったかのように空いている。誰に言われたわけでもないのに、猫たちは季節の変化を察知して、静かに撤退していく。

人間が「そろそろ春だな」と口にする頃には、もう彼らの中では結論が出ているらしい。

とはいえ、完全に暖を捨てたわけでもない。

コタツの電気は切れているが、内部にはまだ余熱が残っている。その中に入っていた個体は、外に出てくると毛がやけに熱を帯びている。触るとほんのり温かいを通り越して、「これは内部で何か起きていたのではないか」と疑う程度には熱い。

蓄熱式の生き物としては非常に優秀だが、触る側としては少し構えてしまう温度だ。

最近では、コタツの上の台がちょうどよい居場所になっているらしい。

電源を切った後でも、台にはじんわりとした温もりが残る。まるでホットカーペットのようなその感触が、猫たちにはちょうどいいらしく、上で丸くなったり、うずくまったりして眠っている姿をよく見かける。

極端な暖かさではなく、「ぬるい贅沢」に落ち着くあたりが妙に現実的だ。

そして深夜、二階に上がったときのこと。

コタツの上に、やけに大きな個体がいた。

半纏を着込み、猫と同じように丸くなって台の上に収まっている。その姿は、もはや猫と人間の区別が曖昧になる領域に達していた。

その瞬間、ふと思った。

「メインクーンとは、この個体で良いのではないか」と。

大きく、毛に包まれ、暖かい場所に収まる生き物。

分類としては誤りだが、体感としては妙に納得してしまう。

猫がコタツから離れたあと、その場所に人間が収まる。

気づけば姿勢も似てくる。丸まり方も、居場所の選び方も、ほとんど変わらない。

違うのは種別だけで、やっていることはほぼ同じだ。

そのうちコタツが完全に使われなくなれば、今度は床や窓際へと移動するのだろう。

場所が変わるだけで、丸くなる習性だけは頑なに変わらない。

季節は確実に進んでいるのに、その姿だけは据え置きのまま。

そのわずかなズレが、どこか可笑しくもあり、少しだけ愛おしくもある。

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