昼を過ぎたころ、うどんの話をしていたわけでもないのに、「手打ち」と「半殺し」という言葉を思い出した。
昔どこかで見聞きした話だったと思う。
ある行商人が、見知らぬ村に泊まった夜のこと。
家の中で、夫婦が何気なくこう話していたという。
「今夜は半殺しにするか、それとも手打ちにするか」
その言葉を聞いた行商人は、意味が分からないまま、勝手に身構えたらしい。
半殺しという響きと、手打ちという言葉の並びだけが、やけに強く残った。
夜のうちにその家を抜け出し、番屋へ駆け込んだ。
だが、そこで言われたのは単純な話だった。
それは人の話ではなく、食べ物の準備の話だったという。
半殺しは、もち米を半分だけ潰したぼた餅のこと。
手打ちは、うどんのこと。
ただそれだけのことだった。
後から考えると、どちらも台所の中の言葉だったのだろう。
■ 言葉は、場所を間違えると別のものになる
その土地の中では当たり前の言葉でも、外側に出ると意味が変わる。
意味が変わるというより、意味が剥がれると言った方が近い。
同じような話は別にもある。
戦の最中に「しめる」という言葉を聞いて、何か別の意味に取り違えた話もあった。
言葉は、正しさより先に届いてしまうことがある。
■ そのまま通り過ぎた話として
結局のところ、この話に大きな結論はない。
ただ、言葉がその場から切り離されると、別の重さを持つことがあるというだけだ。
それだけの話だった。



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